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2015年4月11日 (土)

オペラ歌手ではない

 
 またホームズを復活させるまでのあいだ、ACDは妻以外の女性と恋に落ちた。若くて美しいスコットランド人のオペラ歌手ジーン・レッキーのことを、母親やごく親しい友人には話している。社会的にも知的レベルでもACDと対等であるリッキーは、彼にとって人生でもっとも愛すべき存在になった。だが骨の髄までヴィクトリア朝の紳士であるACDは、妻を裏切ることはできなかった。(上の本p.55)
 ジーン・レッキー(この本ではリッキーと混在しているがレッキーに統一する)は、オペラ歌手ではなかった。オペラ歌手といえば、「かのいかがわしき記憶に残る」故アイリーン・アドラーと同じ職業ではないか。ジーンはadventuressではなかった。1897年、38歳で病妻を抱えたドイルと24歳の処女ジーンが出会って、1907年に結婚するまで10年間純愛を貫いたのである。
 ジーンは美しいメゾソプラノの声を持っていたが、音楽は良家の子女の嗜みとしてやっていたので、職業ではなかった。はじめて会ってしばらくして、ドイルは彼女がコンサートでベートーヴェンのスコットランド歌曲を歌うのを聞いている。
 これは翻訳の間違いではなく、原文が間違っているのだろう。
 ところが、訳者が作った「シャーロック・ホームズ関係年表」では、1907年に「ドイル、三人の子を持つジーン・レッキーと再婚」とある。
 ジーンはドイルと結婚して3人の子供をもうけたのである。これが彼女には最初の結婚で、子持ちではなかった。

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