2008年6月27日 (金)

英会話を学ぶ

 現在多くの大学で、英会話や会計学、コンピュータなどの実務教育が進行しています。いずれも、海外や就職などですぐに役に立つスキルです。 
 この傾向は一見いいことづくめのようですが、実際には企業が研修にかけるお金をけちって、大学にまかせようとしているにすぎないようにも見えます。しかも、ここで教えられる英会話は、けっしてハーバード大学やコロンビア大学の大学院で学ぶための英語ではありません。ここで学ぶエリートたちは、むしろ昔ながらの読み書きを要求されているのです。
 ですから若者たちが英会話を学んだからといって、すぐに国外で活躍することなど夢物語です。移民労働者として、アメリカのマクドナルドでバイトをするのに役立つくらいでしょう。このように実務教育とは、競争社会の中で落ちこぼれた者を満足させる方法でもあるのです。(p. 213)

How about potatoes?

Hamburger2_3

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2008年6月 8日 (日)

禁煙ファシズム

 この運動の根源には、ある動機があると私は考えている。それは、特定の集団を差別したいという心理である。現在の先進社会では、性別、人種などによって人を差別することは、たてまえ上とはいえ、許されていない。そこで、他人に害を与えるという理由のもとに、喫煙者を「汚い」ものと認定し、差別しようとしているのである。(小谷野敦)

 小谷野敦さんの論旨を補強する証拠はアマゾンのレビューにあります。
 ほんとに「バカが意見を言うようになった」のですね。怖ろしい時代だ。

  195 人中、128人の方が、このレビューが参考になったと投票しています。
タバコを吸うとバカになる, 2006/2/7
By  マーフィーズスタウト - レビューをすべて見る

いくら学歴があっても、タバコを吸い続けると、こういう駄文しかかけないバカになるという立派な証拠がこの本です。
禁煙したいという方はぜひご一読を。
低能というのは、なにも頭が悪いことだけじゃありません。
品性までタバコで奪われてしまう恐怖を、みなさんも感じ取ってみませんか。 

   83 人中、54人の方が、このレビューが参考になったと投票しています。
滑稽な本ですね., 2005/10/23
By  "abc555" - レビューをすべて見る

~国際的に認められたことをすべて否定する.その傲慢な態度はなんとかなりませんか.
いまや中国,タイ,韓国ですら一生懸命に禁煙運動を繰り広げ,すこしでも自国の国民が死亡するのを防ごうとしているのです.
タバコの煙と自動車の排気煙を同一視する幼稚な見解はおよそ科学的ではありません.このことに限らず,論旨がめちゃめちゃです.
この本を信じ~~て亡くなる方が出てくるかも知れません.その時にこの3人は責任を取ってくれますね.~ 

Smoking

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2008年5月24日 (土)

ヒル次官補の風采

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 アメリカの国務省(つまり外務省)のヒル次官補は、テレビ報道で米鮮交渉が話題になるたびに、わが国の、茶の間での有名人に育ってきたように思います。
 が、生まれつき皮下脂肪が厚い日本人のかなしさでしょう、誰もあの異常なルックスを見て、「ピン」とは来ないようですね。
 あの顔は、「タフ・ネゴシエーター」の顔じゃないのですよ。
 ほんらい、あの顔では、「敵国」「強国」「大国」「重要相手先」との交渉役には、まかりまちがっても選任されない。それが、アメリカ人の間の常識ってもんです。
 国務省内に東洋通の有能な人材はいくらでも揃っているのに、あんなタマをわざわざ探し出し、(それも裏方の補佐役としてでなく)表の看板役者として起用したというところに、アメリカ政府の意図的すぎる思惑が示されています。
 もちろんそこにこそ、アメリカ/ブッシュ政権が内外に説明したいメッセージがこめられていた。
 すなわち、<アメリカは北朝鮮とはまじめな交渉はしないよ>と、最初から表明しているのです。<このレベルの担当者にやらせてますから><この担当者には、何の権限もイニシアチブも独創も許されていませんよ>と、言外に、あえて世界に知らせていたわけです。
(兵頭二十八)

 目からウコロとはこのことですね。
 兵頭氏の名前は「にそはち」と読む。
 兵頭二十八氏は軍学者を名乗っている。「軍学だなんて、山鹿流陣太鼓を叩いて吉良邸に討ち入るのか」と読まずに馬鹿にしていたのは、まことに不明であった。
 目からウロコは上の箇所だけではない。まことに創見に満ちた本である。
 
 米軍がフセインをやっつけるためにイラク侵略を始めたときに
「大量破壊兵器があろうとなかろうと、これはぜひ支持して、旗を見せて(show the flag)おかなくてはならない。アメリカには北朝鮮をやっつけてもらわなくてはならないのだから」
 という議論があった。大真面目でそういうことを言う人が多かった。
 どこが変か? 兵頭二十八氏の本を読んでみて下さい。

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2008年4月13日 (日)

スパイとスパイ小説(3)

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 1963年にソ連に亡命したKim Philby  キム・フィルビー(1912-1988)は、1968年にMy Silent Warという手記を刊行した。この本には、第二次大戦中に諜報部でフィルビーの直属の部下であったグレアム・グリーン(1904-1991)が序文を寄せている。

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 これはフィルビーの敵が予期していたような本ではない。誠実な態度でよく書けた本であり、面白い話も多い。バージェスとマクリーンが亡命してからのフィルビーの話は、私の読んだどんなスパイ小説よりもはるかにスリルに富んでいる。プロパガンダに満ち満ちているはずだ、と言われていたのだが、実際には、そんなことは全くない。信念と動機を堂々と述べるのがプロパガンダであるとすれば別であるが。もちろん彼にとって目的は手段を正当化するのである。しかし、およそ政治に関わる者ならば、行動から判断する限り、誰でも同じように考えているはずであり、口に出して言わないだけである。これは政治家がディズレーリであってもウィルソンであっても変わらない。「彼は国を裏切った」と言われるか。確かに裏切った。しかし我々のうちで、国よりも大切なものや人を裏切らなかった者がいるか? フィルビー自身の目からは、彼は来るべき世界のために働いていたのであり、それがそのまま「国のため」だったのだ。

 この本を読んだのはもう20年くらい前であるが、「スパイ小説とそっくりだ」と思ったことを覚えている。
 ジョン・ル・カレやグレアム・グリーンのスパイ小説の「真似」のような感じがしたのだが、もちろんこちらの方が本物なのだ。(グリーンが明らかにフィルビーをモデルにした作品は『ヒューマン・ファクター』である。フィルビーがいなければル・カレのスパイ小説もなかった。)

「スパイ小説そっくり」のシーンは2箇所覚えている。
 ひとつは、スペイン内乱(1936-1939)のときである。フィルビーは特派員としてフランコ側に従軍してソ連のために情報を集めていた。あるとき尋問され身体検査を受けることになったが、ポケットには暗号表が入っている。どうすればよいか? フィルビーは隙を見て暗号表を飲み込んでしまうのである。
 もうひとつは外交官としてワシントンD.C.にいたときのこと。ソ連のスパイ管理官と連絡を取るのに、フィルビーは散歩に出て、予め打ち合わせてあった公園の木の幹にある空洞の中に書類を入れておくのだ。「そんな小説じみたことをしなくても、もう少しまともなやり方がありそうなものだ」と思うのは素人考えで、これが一番確実な方法だったらしい。
 スパイ活動がスパイ小説と似ているのは、このような具体的な「手法」についてだけではない。
 何のために諜報活動を行うか? そもそも諜報活動とは何か? こういう根本的な問題についても、ジョン・バカン、エリック・アンブラー、グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレ、あるいはイアン・フレミングなどの考えたことと、実際にCIA、MI6、KGBなどの指揮者たちが考えていることの間に、そう大きな違いはないだろう、と思う。
 CIA元長官が手記を書いて米国のスパイ活動を赤裸々に告白する、なんてことはあり得ないから、これを実証するのはむつかしい。
 しかし、たとえば、ヒトラーの頭の中をのぞいてみることができたとしたらどうか? ワーグナーがそっくりそのまま入っていたのではないだろうか。第三帝国の滅亡は『神々の黄昏』だったはずだ。
 フィクションも現実も、人間が頭の中で考えたことを形にしたものなのだ。
   Erdichtung(フィクション)とRealpolitik(現実政治)を混同するなんてとんでもない、かどうか?

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2008年4月12日 (土)

スパイとスパイ小説(2)

 はじめから英語で書いてある小説ならば、CIAが大いに参考にしているのは言うまでもない。
 CIAはアルカイダの容疑者をキューバのグアンタナモ基地などに拘束して拷問を加えているが、看守は名前などを絶対に明らかにしないよう気をつけているのだという。

 これはトレヴェニアンの『シブミ』を参考にしたに違いない、と私は思う。
『シブミ』の主人公、ニコライ・ヘルは、大東亜戦争中の日本で少年時代を過ごした。白系露人の母が日本陸軍の岸川将軍の愛人となり、ニコライは日本で大竹七段について碁のプロ棋士の修業をしたのである。
 日本の敗戦後、二十歳を過ぎたばかりのニコライは巣鴨刑務所に拘束される。

その三年間の拘留中、ニコライは理屈の上ではスパイ行為と殺人の罪による裁判を待っていることになっていたのだが、法的手続きはついぞ開始されなかった。一度として裁判を受けず、刑の宣告も受けなかったが、そのために、ふつうの囚人に許されているごく簡単な特権ですら、彼は認めてもらえなかった。(早川文庫版上巻p.277)

 アルカイダ容疑者と同じである。ニコライも激しい拷問を受ける。ところが、3年後、占領軍と取引が成立してニコライは巣鴨を出ることができた。彼は「シブミ」を体得した超人的な暗殺者になっていた。
 ニコライは、自分を拷問した三人の行方を突き止め、一人ずつ巧妙な方法で殺して行く。
『シブミ』では、ニコライを尋問する男が独房に入ってきて
「わたしはダイヤモンド少佐だ、犯罪調査部」
 と自己紹介する。これが後に命取りになったのだ。彼はスキー中の「事故」で死ぬ。

 もちろんCIAも、この小説のような超人的な暗殺者が出現するとは思っていないだろう。
 しかし、容疑者を釈放した場合に、万が一にでも個人的な報復を受ける可能性は排除しておくべきだ、という考え方をCIAが取るようになったのは、SHIBUMI(1979年刊)があったからに違いないと、私は思う。
 現実の政治や戦争やスパイ活動がフィクションの影響を受けるなどという馬鹿なことがあるか??
「馬鹿なこと」は十分あり得ると私は思う。
 現実の活動もフィクションも、人間が自分の頭の中で考えたことが外に現れたものだ。人間が考えることにそう大きな違いはないのである。
 本物のスパイの書いたものをスパイ小説と比べてみればこれが分かるはずだ。(続く)

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2008年4月11日 (金)

スパイとスパイ小説(1)

佐藤 西木さんの『オホーツク諜報船』(角川文庫)は、ソ連諜報部によってスパイの役目を負わされる日本人漁師の物語で、私の愛読書のひとつです。あの本がロシア大使館のKGBステーションによって翻訳されているのを知っていましたか。連中は登場する人物をチェックするために、優れたノンフィクションや小説を訳して、徹底的に調査するんです。

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「佐藤」は佐藤優氏、『諸君』五月号で作家の西木正明氏を相手にした対談の冒頭の発言である。
 KGBが日本の小説をロシア語に訳して参考にしているというのは、デタラメではないと思う。
 CIAだって同じことをしているだろう。日本語のできる職員が日本のスパイ小説や冒険小説を読んでせっせと梗概を作っているはずだ。『オホーツク諜報船』は西木氏によれば「限りなくノンフィクションに近い」というのだが、そういうものだけでなく、かなり荒唐無稽なものも一応チェックしていると思う。
  上層部がその梗概を読んで、これはと思うものは全文を英訳させているはずだ。最近では『ウイグルの叛乱』など、全訳したのではないかと思う。

 これは日本人の作家がウイグル族のテロ活動に荷担するという話である。ウイグル族の反政府活動家たちが北京のオリンピック会場を爆破してしまうのはよいとして(?)、長距離バスに爆弾を仕掛けたりする。日本人の作家が、「チベット人は仏教徒で大人しいのがよくない。それに比べてウイグル族はイスラムだからガッツがある」というようなことを考えて、爆弾を運んでやったりして協力する。柘植氏はアメリカに対してテロを企むようなイスラムはやっつけるべし、という立場である。中国が相手なら何をしても構わないというのはちょっとひどい話だ。しかしテロのmodus operandi(手口)が具体的に書いてあるのは確かに「参考」になるはずだ。
 この本は2006年11月刊行である。中国がオリンピックの妨害工作を企てたかどでウイグル人多数を逮捕したと発表したのは最近のことだ。

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2008年3月 8日 (土)

高挙毛沢東思想偉大紅旗

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 毛沢東同志是当代最偉大的馬克思列寧主義者。毛沢東同志天才地、創造性地、全面地継承、悍衛和発展了馬克思列寧主義、把馬克思列寧主義提高到一個斬新的段階。
 毛沢東思想是在帝国主義走向全面崩壊、社会主義走向全世界勝利的時代的馬克思列寧主義。毛沢東思想是反対帝国主義的強大的思想武器、是反対修正主義和教条主義的強大的思想武器。毛沢東思想是全党、全軍和全国一切工作的指導方針。毒餃子是反対日本帝国主義的強大的食品武器、是反対日本修正主義和教条主義的強大的食品武器。

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2008年3月 5日 (水)

評伝

 以前から気になっていたことだが、わが国には評伝というジャンルがあって、これが独自の人気を博している。<人物評伝>などという言い方は特に好まれる。ところで<評伝>に相当する外国語は何かと考えると、ハタと当惑する。日本における<評伝>という語の成立を調べてみたら、さぞ面白かろう。資料をふんだんに使って人物を浮き彫りにする<伝記>の分野は、イギリス人のお家芸で、イギリスぐらい堂にいった伝記に富む国は珍しい。そのイギリスにも、日本のような意味での<評伝>というジャンルはない。<伝記>の事実尊重主義と<批評>の分析判断主義とが、別枠になっているためであろう。これらを混淆し、何となく事実に沿った伝記のような体裁をとりながら、実は筆者の好悪をコッソリ織り込むやり方が<評伝>。二つの分野を峻別するのも、混淆するのも、それぞれに得失はある。優れた見識を持つ筆者の手になる<評伝>は、筆者の個性の冴えが、対象の個性を描きあげ、いきいきとした読み物になる。個性による個性の照明であり、出会いであり、読者までその出会いに感動し満足させられる。
 こういう秀れたものの場合は良い。しかし本格的伝記を書くだけの事実追求の執念もなく、批評といえるだけの分析能力も価値判断力もなく、手頃な規模と手間でお茶を濁すのに、<評伝>というジャンルは実によい隠れ蓑を提供してきた。 
 わが国で本格的ノンフィクション文学が発達せず、辞典類の記述も評伝的恣意に甘く流れがちなのも、このことと関係があるだろう。
(由良君美『みみずく偏書記』pp.215-216)

『先生とわたし』は評伝でしょう。「筆者の個性の冴えが、対象の個性を描きあげ、いきいきとした読み物にな」ったといえる。

「伝記」対「評伝」は、私も以前から気になっていたことで、コナン・ドイルの伝記に関して触れたことがある。
  日本では、伝記と評伝を区別せず、何となく伝記の高級なのが「評伝」であるかのような認識がある。岩波書店からPenguin Livesというシリーズの翻訳が出ているが、ペンギン評伝叢書と称しているのはまことに見識がないと思う。

  ジュリアン・シモンズの『コナン・ドイル』は、イギリスには珍しい<評伝>である。
 コナン・ドイルの<伝記>としては、ジョン・ディクスン・カーの書いたものがあるけれども、失敗作である。
 イギリス式の本格的な伝記として、ヘスキス・ピアソンの『コナン・ドイル』を紹介したいと私は思っているのだけれど。
 これについては、カテゴリーのコナン・ドイル、特に「コナン・ドイル伝の邦訳」をご覧下さい。

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2008年2月22日 (金)

ゴルゴ13の狙撃銃(3)

 ゴルゴ13は1968年に小学館のビッグコミック誌に連載が始まり、いまだに現役で活躍しているのですね。さいとうたかお先生に励ましのお便りを出そう。

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 ゴルゴ13についてはずいぶん研究が進んでいる。
 ウィキペディアで「ゴルゴ13」を引くと、M16の狙撃銃としての使用の問題についても詳しく書いてある。以下引用

・現実のM-16について
  本来のM16は、軍用アサルトライフルである。狙撃銃としての精度は、大口径の銃・ボルトアクションライフルのほうが優れている。また「死者を出すよりも負傷者を増やすほうが、敵方へのダメージが大きい」という合理的理由により、殺傷能力は小さい(反面、携行弾数が多くなっている)。
  ただしM16はアサルトライフルとしては高精度である。遠距離狙撃には用いる事ができないが、100m程度の近距離狙撃には用いられる事もある。そのため特殊目的ライフル(Special Purpose Rifle)として、M16の狙撃銃型も存在する。
・作中でのM16の描写
  単純に任務を遂行する目的としては、M16がそぐわない事は、ゴルゴ13も承知の上である。しかしながらゴルゴ13はフリーランスの狙撃手であり、単純な狙撃をこなせばいいという訳ではなく、戦闘に突入する事も頻繁にある。よって、狙撃兼戦闘のための銃として、M16は最適の選択である。その意味をゴルゴは作中でAKシリーズを設計したカラシニコフに対して、「俺はワンマンアーミーだからだ」と一言で述べている。 (引用終わり)

「ゴルゴ13も承知の上である」と言うことだったのか。なるほど。
 しかし、ひとつ気になることがある。アサルトライフルって何だ?
 どうやら突撃銃assault rifleのことらしい。
 リーダーズプラス英和辞典で引いてみよう。

assault rifle
【軍】 突撃銃, アソールトライフル《大きな弾倉をもつ軍事用(半)自動ライフル; アソールトライフルタイプの民間人用の銃》.[G Sturmgewehr の訳; MP 44 に対し Hitler が命名]

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 assaultの発音はカタカナなら「アソールト」になるのは常識だと思うけれど、どうやら、アサルトライフルが定着してしまったようだ。
 詩人のRobert Browningは正しい発音でブラウニングと呼ぶが、
 有名な銃器設計者のJohn Browningはブローニングと呼ぶことになっているのと同じらしい。

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 私を起こしたのはライフルの安全装置を外す、カチャリという金属音でした。戦場にいる兵隊なら、たとえどれだけ深く眠っていようとも、その音を聞きのがすことはありません。それは何といいますか、特別な音なのです。それは死そのもののように重く、冷たいのです。私はほとんど反射的に、枕元に置いたブローニングに手をのばそうとしましたが、誰かにこめかみのあたりを靴底で蹴りあげられ、その衝撃で一瞬目が見えなくなりました。呼吸を整えてからうっすらと目を開けると、私を蹴ったらしい人間がかがみ込んで私のブローニングを拾い上げるのが見えました。ゆっくりと顔を上げると、二丁のライフルの銃口が私の頭に向けられていました。その銃口の向こうには蒙古兵の姿が見えました。
(間宮中尉)

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2008年2月21日 (木)

ゴルゴ13の狙撃銃(2)

 M16が狙撃銃には向かないことくらい、この本を読まなくても分かる?
  しかし、かのよしのりさんの本には、もう一歩奥がある。
  確かに軍隊ではM16(民間用としてはAR-15)を狙撃銃に使わないけれど、アメリカの警察では使っているところがあるという。

「警察の狙撃手は、人質を抱えている犯人の脳幹を撃ち貫かねばならない。距離は近いが、数センチの誤差しか許されない。……100メートルの距離で3センチ以内に撃ち込めるなら、人質の後ろから顔を半分だけ出している犯人の頭に命中させることもできる。」

「さて、ここにあるAR-15、一見どこにでもあるAR-15だが、口径5.56ミリではなく6ミリだ。223レミントン薬莢を口だけ広げて6ミリにしたものだ。……重くなったぶん、微妙に反動も大きくなってはいるのだが、銃身がヘビーバレルなので一般歩兵のM-16より反動による銃の動きは少ない。そして風の影響も少なくなっている。」

 かのよしのりさんは元自衛隊の銃器専門家で、火縄銃から中国軍の消音式サブマシンガンまで、ありとあらゆる銃を実際に撃っている。
 加えて文章がうまいのだから鬼に金棒である。

Bull

「標的を狙う。100メートル離れた標的を数ミリの誤差で狙う。人間の体は生きている以上、静止しない。引き金を引こうとすると、数ミリ標準がずれる。狙いなおす。引き金を引こうとすると、また照準がズレる。しかし、射撃訓練をかさねてゆくうちにそのブレはだんだん小さくなってゆき、微妙にズレているときに引き金を引きはじめ、引き落とした瞬間に誤差が最小になっている。
 7.62ミリ弾の半分くらいの銃声がして、反動で銃がわずかに動く。
 たいていの銃は反動で銃が跳ね上がり、命中の瞬間の標的を射手自身がスコープを通してみることはできない。命中を確認してくれるのは観測手だ。
 だが、この銃は反動で跳ね上がらない。スコープのなかでターゲットから赤い液体が飛び散るのが見える。
 いや、ターゲットはスイカだったのだよ、ほんと。」

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2008年2月20日 (水)

ゴルゴ13の狙撃銃(1)

 昔、歩兵銃がボルトアクション銃であった時代には、歩兵銃のなかから精度のよいものを選んで狙撃銃にしていた。しかし、歩兵銃が自動銃になり、さらに突撃銃に変わっていくと、それを狙撃銃に利用することには無理があって、一般歩兵の銃とは、まったく別の狙撃銃が装備されるようになった。

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 漫画のゴルゴ13では、しばしばM16で狙撃が行われている。しかし、アメリカ軍のみならず、どこの軍隊でもこの種の軽量自動小銃を狙撃銃として使うことはない。弾が軽すぎて、300メートル以上の距離になると風に流されやすく、さらに遠くなると威力不足になってくる。遠距離狙撃には、やはりある程度重い弾を使わなくてはならないのだ。
(かのよしのり『鉄砲撃って100!』p.122)

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2007年9月30日 (日)

親父の七回忌

 この間、親父の七回忌をした。内輪で済ませることにしたので、坊さんにお経をよんでもらうだけである。それでも、墓前でよみ、お寺の本堂でよみ、最後に仏壇の前でよむのだから、なかなか大変である。
 仏壇の前で

觀自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子 色不異空 空不異色色即是空 空即是色……
ギャーテーギャーテーハラギャーテー ハラソーギャーテー ボジソワカ ハンニャシンギョー

 ここで鉦をチーンと鳴らして、その次に、お坊さんいわく。

○○院××居士ナナカイキー

 七回忌が「ナナ回忌」だって! 驚いた。
 赤穂四十七士は「よんじゅうななし」かな? 
 八百屋おナナか? 堀口大学によれば

八百屋お七が火をつけた
お小姓吉三に逢ひたさに
われとわが家に火をつけた
あれは大事な気持ちです
忘れてならない気持ちです

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 有名な事件だったのだ。ジャポニスムの波に乗って評判はフランスまで伝わり、文豪エミール・ゾラが小説にしたのが『ナナ』である。

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2007年9月14日 (金)

マラルメの煙草

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 パリでのマラルメの住居はロオム街にあった。火曜日、このロオム街の小さい部屋は十九世紀最後の文学的季節であった。まだ年少のヴァレリー、ジイド、クロオデルをふくめて、この扉に来てたたかなかったような青春はなかった。あまりに有名なマラルメの「火曜日」については、「クセノフォンがソクラテスを語ったように」すでにひとびとが語りつくしている。これらの「火曜日」全体が一つの大きい会話の流で、詩人の煙草のけむりがそこに黄昏の色をただよわせた。

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「いつも煙草の絶間なく、一瞬でもひとびとと自分の間にけむりを置くことをやめようとしないで……」とロダンバックは書き伝えている。おそらく、ひとびとはそこに、現実から夢のほうへ逃げて行くマラルメを見たように思ったのであろう。煙草のけむりに於いて分離された二つの世界しか見ようとしなかったのであろう。げんに、レミ・ド・グルモンはこういった。「どこへ逃げるのか。それがステファンヌ・マラルメのポエジイだ。」また「どこへ逃げるのか。マラルメは寺院の中へのように暗がりの中へかくれた。」
(石川淳)

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2007年9月12日 (水)

ロラン・バルト対竹下登

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「文」は階級的である。支配があり、内的制辞がある。こうして、完結に到る。どうして階級制が開かれたままであることができようか。「文」は完結する。それはまさに完結した言語活動でさえある。……インタビューを受ける政治家は自分の文を締めくくるのに大変苦労する。言葉が詰まったら? 彼の政策全体が打撃を受けるだろう。
(みすず書房『テクストの快楽』p.95)

竹下: 葛藤ということは、字引で引いてみましたら、これはまさに相反する二つの意見が譲ることなく対立する状態と、こう書いてありますので、いささか文学的表現であったかなという反省もありますが、行くべきだ、行かなきゃならない、それをどういう日程に設定するかというまず第一義的なものにそれが条件ととられる誤解を生じやしないかという付随したものが私の葛藤という言葉になったと、こういうことであります。
(1992年12月7日参議院予算委員会における竹下登証人発言)

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2007年8月31日 (金)

シャーロック・ホームズ対夏目漱石

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 シャーロック・ホームズ(1854-?)と夏目漱石(1867-1916)がはじめて顔を合わせたのは、1901年(明治34年)5月上旬の或る火曜日の夕方のことであった。

 ホームズとワトソンはホーマー街にクレイグ博士を訪ねた。ベーカー街からは近くで、歩いて行ける。

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 クレイグ先生は燕の様に四階の上に巣をくっている。敷石の端に立って見上げたって、窓さえ見えない。下から段々と昇って行くと、股のところが少し痛くなる時分に、ようやく先生の門前に出る。門と申しても、扉や屋根のある次第ではない。幅三尺足らずの黒い戸に真鍮のノッカーがぶら下がっているだけである。しばらく門前で休息して、このノッカーの下端をこつこつと戸板へぶつけると、内から開けてくれる。
 開けてくれるものは、何時でも女である。近眼のせいか眼鏡を掛けて、絶えず驚いている。年は五十位だから、随分久しい間世の中を見て暮らした筈だが、矢っ張りまだ驚いている。戸を叩くのが気の毒な位大きな眼をしていらっしゃいと言う。

 ホームズも真鍮のノッカーの下端をこつこつと戸板にぶつけた。五十位の婆さん(五十なら立派な婆さん。100年前のことです)が戸を開けてくれた。
 ところが先客があって、クレイグ先生はこの男を相手に大声でしゃべっていた。

 ホームズが小声でワトソンにささやいた。
「支那人らしいね」
「いや、私は日本人ですよ」 
 と、その黄色い男が突然こちらをむいて、するどい声でいった。うっかり口にした非礼を耳ざとくもききとがめられたのと、めずらしく自分の観察があやまっていたことで、さすがのホームズが耳までまっかになった。
「いや、これは失礼、日本の方はめったにお目にかかることが少ないとはいえ、あすにでもわが大英帝国と攻守同盟をむすびそうなお国の人を見まちがえるなんて? いや、今度は第一御皇孫がご誕生になったそうでおめでとう。けさの新聞で見ると、お名前はヒロヒトと名づけられたそうですね。シャーロック・ホームズをまず劈頭に赤面させられた唯一の国民に、永遠の繁栄がありますように!」

 ホームズもずいぶんお世辞を言ったものですね。漱石はどう答えたか? 
「永遠の繁栄? いや、滅びるね
 とは、このときは言わなかったようだ。
 あとは山田風太郎の『黄色い下宿人』を見て下さい。ちくま文庫に『明治十手架』と一緒に収録されています。

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2007年8月27日 (月)

明治のシャーロック・ホームズ

 シャーロック・ホームズの日本語への翻訳は、明治27年(1894年)に始まる。確認されている最も古いものは、雑誌『日本人』に連載された「乞食道楽」(「唇のねじれた男」)である。英国『ストランド』誌に『シャーロック・ホームズの冒険』の連載の始まったのが1891年、「唇のねじれた男」は12月号の掲載。『日本人』での連載は1894年1月に始まっているから、原作発表からおよそ2年しか経っていない。当時としてはかなり早い紹介と言えよう。
(北原尚彦『シャーロック・ホームズ万華鏡」p.151)

「かなり早い紹介」なんてものじゃない。ものすごく早い。
 明治27年(1894年)は、4月に朝鮮の東学党の乱が起こり、日清戦争に発展した年である。翌28年4月に下関条約が締結された。
 明治27年には、高山樗牛の『滝口入道』や坪内逍遙の『桐一葉』が出て、北村透谷が27歳で自殺している。28年には樋口一葉が『にごりえ』『たけくらべ』を書いた。
 漱石夏目金之助は、明治26年に26歳で大学を卒業し、高等師範学校に勤めた。1900年(明治33年)から1902年までイギリスに留学した。ロンドンではシャーロック・ホームズと出会っている。(『黄色い下宿人』山田風太郎明治小説全集 (14))
 
 
  しかし、『乞食道楽』はどういう日本語だったのだろう。読んでみたいなあ。

 北原尚彦氏は、大正4年に山本文友堂から刊行された『探偵王 蛇石博士』を入手したという。本邦初の『シャーロック・ホームズの冒険』の完訳なのだそうだ。

Scandal in Bohemia ボヘミア国王の艶禍
シャーロック・ホームズ  蛇石大牟田
ワトソン           和田医学士
フォン・クラム伯爵     凡倉伯爵
アイリーン・アドラー    多羅尾伊梨子

 これも読んでみたい。凡倉伯爵はいいですね。しかしミス・アドラーが多羅尾嬢になるのはどうしてだろうか?
 
 北原尚彦氏は、有名なシャーロキアンでホームズ関係書の収集家である。この『万華鏡』はその蒐書録である。といっても堅苦しいものではない。一番はじめに紹介するのは『英雄色を好む』という一齣漫画集で、古今東西の英雄が四十八手を披露している。ホームズの担当は「乱れひまわり」という体位なのだそうで、どうもあきれたね。
 漫画やアニメ関係が多く、星飛雄馬くらいしか知らない私などには猫に小判である。しかし気軽に神保町などの古本屋に行けるのはうらやましい。これからもしっかり集めて下さい。

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2007年8月23日 (木)

五七五

古池や蛙とびこむ水の音

この土手に登るべからず警視庁

環境やしてはいけないリサイクル

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2007年8月11日 (土)

談合坂

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 (写真はDOWNTOWN DIARYから拝借しました。)

 東京の団子坂の由来も、談合とつながっています。あの坂の奥に根津権現の古社があり、神社へ至る道が聖域と俗界の境界になっている。相談事を村境でするのは「境界争い」の場合に生じますが、その場合の談合形式は、聖のテリトリーである境界で両者が話し合いをして決着する。日本には、元来聖なる場所で談合するという伝統があったらしい。その場合には、接待や饗応、その際に奢りという言葉で表現されるような、神様の前で皆共食する会合があった。ですから、聖域で「神人共食」の場の談合は正当なものだった。現在の談合では聖域や「神様抜き」のやり方が横行している。
(宮田登)

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2007年7月21日 (土)

反リサイクル党宣言

Ein Gespenst geht um in Japan-das Gespenst des Recycling.
一つの妖怪が日本を徘徊している。リサイクリングという妖怪が。

 何年前だったか、「群像」「新潮」「文学界」のどれかに江藤淳(1933-1999)が「ゴミの分別収集」のことを書いているのを読んでびっくりしたことがある。

 私(江藤淳)は老妻と二人暮らしであるが、鎌倉市のゴミ分別収集にはほとほと弱っている。不燃ゴミだとか資源ゴミだとか何種類にも分けて出せというのだが、そんなことをしていては仕事も何もできないではないか。妻も体が丈夫ではないのだ。人間のできることには限界があるだろう。

 上は記憶に頼って勝手に再現したものです。泉下の江藤さん、ごめんなさい。原文をちゃんと読みたい人は国会図書館で文芸誌のバックナンバーをあたってください。
 今なら江藤氏もこういうことはブログに書くだろう。弟子にパソコン入力させればよいのだ。

 いま私の住んでいる田舎町も同じか、もっとひどい。
 ゴミは6種類だったかに分別しなければならない。ゴミ袋は半透明の指定ゴミ袋が色違いで4種類だったかあって、これに名前を書いて出すことになっているらしい。「資源ゴミ」2種類はゴミ袋に入れないで別に出すらしい。ペットボトルは資源ゴミだがボトルのフタは金属だから別にせよとか、たとえば焼き肉のたれの瓶は洗って出せだとか、やかましい決まりがあるらしい。
 らしい、というのは、無視しているからだ。ゴミ集積所は数百メートルも離れた所にあるし、朝の何時から何時までに出せ、というのだが、そんなことできるわけがない。
 生ゴミは庭に埋めて肥料にする。燃やせるゴミは庭で燃やす(焚き火は市条例で禁止のはずだけれど)。空き缶や瓶や大型ゴミなどは残ってしまうから、ある程度まとまったら自分で車を運転して市のゴミ集積場へ持って行く。
 これができるのは、たまたま私が村はずれに住んでいて庭が広いからだ。東京の基準で言えば「大邸宅」なので、庭で焚き火をしても文句を言ってくる人はいない。もう少したてこんだところにいたら、住民相互監視システムに従うしかない。

 ところで私はこないだ宝くじを3枚買った。1等と前後賞会わせて3億円が当たったら、これを政治資金にして「反リサイクル党」を結成し、唯一の公認候補として市会議員選挙に出るつもりだ。

 市民の皆さん。無駄なリサイクル、馬鹿馬鹿しいリサイクルは、即刻やめましょう。皆さんは大変な労力を費やしてたとえばペットボトルを集めて、いいことをしているつもりでしょう。それは大間違いなのです。ペットボトルをリサイクルすることで、資源を7倍使っているのです。ペットボトルはゴミ焼却炉で燃やすのが一番いいのです。ダイオキシンが心配だって? それは大変な誤解です。
 詳しくは『環境問題はなぜウソがまかり通るか』という本に書いてあります。諸君のような田舎者でも、この本を読めば分かるでしょう。「地球にやさしい」環境活動が、むしろ環境を悪化させているのです。

 3票くらいしか入らなかったりして。

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2007年7月17日 (火)

ユーレカ!

 地球温暖化によって、北極の氷や南極の氷が溶けて海面が上昇する――と言われている。本当だろうか?

 まず、北極の氷については、アルキメデスの原理を考えてみればそんなことはあり得ないことが分かるはずだ。北極の氷は海水に浮かんでいるんだからね。

Ca_eureka

 アルキメデスの原理なんて言われても分からない? 困ったねえ。それならば、オンザロックを作ったときに観察してみなさい。飲まないでコップの水位にマジックインキで印をつけておくのです。何時間かして氷がすっかり溶けても水位は上がっていないはずだ。

Ontherock

 北極の氷のことは私だって分かっていた。
 しかし、南極の氷のことは、ちゃんと考えたことがなかった。南極では大陸の上に氷が乗っかっているはずだ。これが溶けたら海面が上昇するのじゃないだろうか?

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「南極の氷が全部溶けたとしたら、海面は60メートル上昇する」と言われる。しかし、南極大陸の気温は平均して零下50度くらいだ。平均気温が仮に3度上がっても零下47度になるだけだから、氷が溶けるはずがない。
 南極大陸の周りの気温が上がり、海水温が上がれば水蒸気の量が増える。この増えた水蒸気は雪や氷となって南極大陸に積もるから、わずかではあるが、海水面は下がることになる

――という趣旨のことは、武田邦彦氏の『環境問題はなぜウソがまかり通るか』の121頁から125頁あたりに詳しく説明してあります。

 北極の氷が溶けて海水面が上昇すると思いこんでいる人がかなりいるのは、朝日新聞1984年1月1日の朝刊の「仮想記事」がよくないのだって。これも本書の114-117ページに書いてあります。

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2007年6月29日 (金)

もてない男はウソだった

 小谷野敦さんといえば『もてない男』として有名で、続編の『もてない男の逆襲』も洛陽の紙価を高めたのであるが、このほどこれが真っ赤なウソであることが判明した。
 他山の石ブログによると

 『週刊新潮』の最新号「結婚」欄に、小谷野敦さんが結婚相手の21歳年下の東大大学院生と一緒に写っている写真が掲載されている。
 写真を見ると、ストレートのロングヘアーの知的な美人で、眼鏡っ娘である。小谷野さんが「かわいい」というだけある。そして小谷野さんは自慢げな顔をしている。ちょっぴりうらやましい。(以下略)

 怪しからん。小谷野さんに石をぶつけよう。

 なお、小谷野氏は現在続々編『ギターを持ったもてない男』を執筆中で、近日刊行されるという。

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2007年6月20日 (水)

ジョンソン博士の決闘論

 私は果たして決闘がキリスト教の掟に背馳するか否か、明確にしてもらいたいと思うと語った。ジョンソンは直ちにこの主題に乗り出して、実に鮮やかな手並みでこれを裁断した。私が記憶する限り、彼の考えは次のようであった。「君、人間の付合いが高度に洗練されると人を怒らせる原因も多様になり、本来はそれほど深刻でないにもかかわらず、それを晴らすために生命を賭さねばならないほどゆゆしい侮辱と思われる行為も発生する。念入りに磨き上げられた物体は、簡単に傷がつく。人間がこの種の不自然な洗練さを身につける以前ならば、誰か隣人を嘘つき呼ばわりすれば相手も負けずにお前こそ嘘つきだと言い返し、誰か隣人を殴れば相手も負けずに殴り返すことで事態が落着したのに反して、高度に洗練された社会では侮辱は深刻な危害だとみなされる。従ってそれへの黙認はもはや許されなくなって決闘が義務となり、世間が決闘に訴えず自ら侮辱に甘んずる男を仲間はずれにする了解が成立しているところでは、必然的に決闘が行われる。ところで君、自己の防衛のために戦うことは、決して不法ではない。従って決闘に訴える者は相手への激情からではなく自己正当化のために、つまり世間での汚名を晴らして社会からの追放を防止するために戦うわけだ。僕はこの種の余計な洗練された感情がない方がよいと思う一人だけれども、この通念が存続する限り決闘に訴えることは疑いなく合法だろう。」
 念のためにいうがこの正当づけは、たんに侮辱を受けた側にのみ妥当する。侵害者に対しては、すべての人間がこれを糾弾せねばならない。
(1772年4月10日、決闘論。中野好之訳)

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2007年3月26日 (月)

入学試験について(3)

『国家の品格』の藤原正彦先生は、ケンブリッジ大学で在外研究をしたときに、クィーンズ・カレッジの数学と物理専攻課程の入学試験を手伝ったという。

『遙かなるケンブリッジ』新潮文庫版pp.207-8

面接は各人につき三十分ずつ行われた。合否はこの面接と、内申書やAテストと呼ばれる国家試験の結果を半々に見て決定する。この大学で最重視されるのは、自ら学んで行く意欲と能力である。質問内容は専門的なことから読書傾向や友人関係にまで及んだ。教科書に出ていないことを臨機応変に聞いた。趣味がヴァイオリンと言った学生には、
「ヴァイオリンが箱形でないのは何故か」
 と問うたし、卓球部の生徒には
「ピンポンをカットすると何故曲がるのか」
 などと聞いた。物理に疎い私はよく分からなかったが、分かったような顔をして聞いていた。数学では基本をよく理解していない者も散見されたが、どの内申書にも抜群と記してあったのは、日本と同じでおかしかった。ある女生徒が深紅のロングドレスに深紅の口紅をつけ、爪を赤くしてきたのには驚いた。香水までつけて来たので、私は何を聞いてよいのか分からなくなりそうだった。
 一人だけ凄いのがいた。まだ十六歳のインド人だった。葬式帰りのような、黒スーツに黒ネクタイだったが、どんな質問にも的確に答えた。少し困らせてやろうと、やや意地悪な問題を出したら、ものの十秒位で解いてしまった。ノーベル賞を数十人も出す大学にはこんな生徒が来るのか、と感心していたら、グリーン博士が、「やったぜ」とでも言いたげに私に目配せした。……

 藤原先生はお茶の水女子大の教授だったはずだ。
「ケンブリッジは偉い」と感心しているだけでは困りますね。何故同じことが日本ではできないのか、を考えてもらいたいものだ。
 お茶大の数学科の入試で面接を行い、「質問は専門的なことから読書傾向や友人関係にまで及んだ。教科書に出ていないことを臨機応変に聞いた」なんてことをしたら、どれだけ非難を浴びるか?
「ヴァイオリンが箱形でないのは何故か?」なんて、藤原先生もよく分からないというのだから、「正解」を求めているのではないだろう。自分で考える力があるかどうかを見ているのだろう。ペーパーテストでは計れない学力が口述試験ならば分かるということなのだろう。
 日本では、センター試験と偏差値のせいで、馬鹿でも万遍なく点数がとれる奴が合格する。ピカソが18歳の日本人になって東京芸大を受験しに来たら、英語や数学ができないからといって落としてしまうだろう。「自ら学んで行く意欲と能力」なんて重視されないのだ。

 センター試験を廃止しろ、と私はとなえているのだけれど、藤原先生のような人にこそ、これを言ってもらいたいものだ。

大学入試センター
所長挨拶
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  大学入試センターは、昭和52年5月に国の機関として設置され、平成13年4月独立行政法人となりました。当センターは、大学が行う入学試験のうち、共同で実施することとする試験に関する業務を行い、入学者選抜の改善を図り、大学・高等学校等の教育の振興に寄与することを目指しています。

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2007年3月24日 (土)

入学試験について(2) 

 昔の陸軍士官学校や海軍兵学校に当たる防衛大学の入学試験はどうなっているか?
 センター試験を使っているのだろうと思っていたら、違うのですね。
 防衛大学の学生募集要項を見ると、推薦採用試験(募集人員100名)と一般採用試験(募集人員360名)があることが分かる。
 推薦採用試験は高校の校長の推薦を受けた者が対象で、9月に小論文と口述試験と身体検査を行う。
 一般採用試験は11月に独自の学力試験、12月に小論文、口述試験、身体検査を行う。
 ふつうの大学より一足早く入試を行うようだ。それに文部省所管の学校ではないので「防衛大学」ではなく「防衛大学校」が正式名称らしい。
 縄張りが違うというだけのことかも知れないが、あのアホらしいセンター試験を利用しないというのは、まことに結構なことだ。
 推薦採用試験というのがあるし、一般採用試験でもどうやら「口述試験」がかなり大きなウェイトをしめているらしい。
「口述試験」がどういうものか募集要項に説明はないが、「面接」ではなくあくまで「口述試験」であることに注目すべきだろう。「愛国心」や「国を守る気概」があるかどうか、なんてことを聞くのではないと思う。防衛大学の先生なら良識があるはずで、右翼団体の構成員を選ぶのではなくて、将来の軍人を選ぶのだということは分かっているはずだ。秋山好古だって、愛