毛むくじゃらのアイヌ人(8)
ヨーロッパ人はこう考えた。
「我々は(毛むくじゃらのアイヌ人に限らず)ヨーロッパ人の従兄弟がいれば、ぜひとも救援に行かなければならない」
実際に救援に出動した例が最近にあった。
東ティモール民主共和国は、2002年にインドネシアから正式に独立した。
ティモール島は16世紀にポルトガルが植民地化した。その後1859年に西ティモールがオランダに割譲され、以後ポルトガルは東ティモールのみを領有した。
1975年に東ティモール民主共和国はポルトガルからの独立を宣言した。翌1976年インドネシアは東ティモールを州として併合した。いわゆる東ティモール紛争で住民が多数殺された。1999年にオーストラリアを中心とする多国籍軍が東ティモールに救援に入った。
多国籍軍の後ろ盾を得て、2002年5月、シャナナ・グスマンを大統領として正式に東ティモール民主共和国が独立した。
複雑な民族問題があるようだ。しかしアジアで民族問題を抱えていない国は日本などごく少数だけだ。ベトナム、タイ、ビルマ、インドネシア、インド、フィリピン、……どこの国でも内部に民族対立がある。むかしの英国はこれをうまく利用した。インドではヒンズーとムスリムの対立をあおって分割して統治したし、シク教徒を手先に使った。1857-8年のインド大反乱では『四人の署名』に見られるように、シク教徒は東インド会社の側についた。ビルマでも少数民族を利用した。
しかし今では対立する民族の一方に外国が肩入れするということはまずない。
オーストラリアが東ティモールに入ったのは例外だ。「ヨーロッパ人の従兄弟を救援に行く」ためだった。グスマン大統領も、1996年にノーベル平和賞を受賞したジョセ・ラモス=ホルタ氏もポルトガル人との混血だ。蘭領インドネシアには混血が少ないが、ポルトガル領の東ティモールではかなり混血の住民がいるのだ。
土人と土人が争っているのなら放っておけ。しかし我々白人の従兄弟たちは助けなければならない。白豪主義は捨てたことになっているけれど、これはまた別だ。
しかし今では東ティモールとオーストラリアの関係は、石油の権利をめぐる争いがあって必ずしも良好ではないのだそうだ。
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