2009年11月13日 (金)

毛むくじゃらのアイヌ人(8)

 ヨーロッパ人はこう考えた。
「我々は(毛むくじゃらのアイヌ人に限らず)ヨーロッパ人の従兄弟がいれば、ぜひとも救援に行かなければならない」
 実際に救援に出動した例が最近にあった。

Map

 東ティモール民主共和国は、2002年にインドネシアから正式に独立した。
 ティモール島は16世紀にポルトガルが植民地化した。その後1859年に西ティモールがオランダに割譲され、以後ポルトガルは東ティモールのみを領有した。
 1975年に東ティモール民主共和国はポルトガルからの独立を宣言した。翌1976年インドネシアは東ティモールを州として併合した。いわゆる東ティモール紛争で住民が多数殺された。1999年にオーストラリアを中心とする多国籍軍が東ティモールに救援に入った。
 多国籍軍の後ろ盾を得て、2002年5月、シャナナ・グスマンを大統領として正式に東ティモール民主共和国が独立した。 
 President_gusmao
 
 複雑な民族問題があるようだ。しかしアジアで民族問題を抱えていない国は日本などごく少数だけだ。ベトナム、タイ、ビルマ、インドネシア、インド、フィリピン、……どこの国でも内部に民族対立がある。むかしの英国はこれをうまく利用した。インドではヒンズーとムスリムの対立をあおって分割して統治したし、シク教徒を手先に使った。1857-8年のインド大反乱では『四人の署名』に見られるように、シク教徒は東インド会社の側についた。ビルマでも少数民族を利用した。
 しかし今では対立する民族の一方に外国が肩入れするということはまずない。
 オーストラリアが東ティモールに入ったのは例外だ。「ヨーロッパ人の従兄弟を救援に行く」ためだった。グスマン大統領も、1996年にノーベル平和賞を受賞したジョセ・ラモス=ホルタ氏もポルトガル人との混血だ。蘭領インドネシアには混血が少ないが、ポルトガル領の東ティモールではかなり混血の住民がいるのだ。Ramoshorta

 土人と土人が争っているのなら放っておけ。しかし我々白人の従兄弟たちは助けなければならない。白豪主義は捨てたことになっているけれど、これはまた別だ。
 しかし今では東ティモールとオーストラリアの関係は、石油の権利をめぐる争いがあって必ずしも良好ではないのだそうだ。

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2009年11月11日 (水)

毛むくじゃらのアイヌ人(7)

Challenger1

"Round-headed," he muttered.  "Brachycephalic, gray-eyed, black-haired, with suggestion of the negroid.  Celtic, I presume?"
"I am an Irishman, sir."

「頭は丸いな」と彼はつぶやいた。「短頭。眼はグレイ、髪は黒い。ネグロイドの気味もある。ケルトと見たが、ひが目か?」
「僕はアイルランド人です」

 アーサー・コナン・ドイルの『Lost World 失われた世界』(1912)。チャレンジャー教授が初対面のエドワード・ダン・マローン記者の顔を見てこう言う。
 ケルト人は現在のアイルランド人やウェールズ人の先祖だ。白人であるが、金髪碧眼で長頭の北方人種と違って、眼はグレイで髪は黒く短頭であり、いくらかネグロイド(黒人)の要素が混じっていると考えられていたようだ。ドイル自身もアイルランド人だ。
 イングランドで主流のアングロ・サクソンはドイツから渡ってきたゲルマン民族だ。これは白人の中の白人で「アーリア人種」ということになっていたらしい。

Morrisaryanrace

  アーリア(英Aryan, 独Arier)という言葉は色々な意味で使うが、1888年にチャールズ・モリスが書いた『アーリア人種』では、後のナチ人種論と同じように「理想的な白人」の意味だったようだ。(上の表紙のイラストは顔面角が実際より大きい、理想化されたアーリア人像)

Arier_nicht_nur_sauber_sondern_rein
 Aryan.  Not only clean but also pure!

 日本人を「アーリア人種」に含めるトンデモ説もあった。日本人は毛むくじゃらのアイヌ人の血を引くから、朝鮮人や支那人と違って白人なのだ!

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2009年11月 9日 (月)

毛むくじゃらのアイヌ人(6)

「頭蓋骨計測値」の話は『バスカヴィル家の犬』にもう一度出てくる。

  "I presume, Doctor, that you could tell the skull of a negro from that of an Esquimau?"
  "Most certainly."
  "But how?"
  "Because that is my special hobby. The differences are obvious. The supra-orbital crest, the facial angle, the maxillary curve, the --"

「黒人の頭蓋骨とエスキモーの頭蓋骨の区別は、先生にはつくでしょう?」
「もちろんです」
「どう区別しますか?」
「私の十八番ですよ。違いは明らかです。眼窩上隆線、顔面角、上顎曲線、それに……」

Camper1

顔面角

顎部の突出程度を横顔からみて表した角度。各進化段階にある人類の横顔をみると、顎部が前突している突顎から、口元がほとんど突出していない直顎まで、さまざまなものがある。そこで、18世紀後半にオランダの解剖学者カンペールPieter Camper(1722―89)が、人種の差異を示す標識の一つとして考案した。それは、横顔からみて、眉間から鼻の下で鼻中隔の付け根を結ぶ直線と、同じく鼻中隔の付け根と耳の穴とを結ぶ直線との間の角度である。彼は、世界各地の諸人種が群れ集うオランダのアムステルダム港で、多くの人々についてこの角度を計測し、また、古代の絵画に描かれている人物の横顔についても計測した。その結果、黒人の顔面角は白人のそれより小さく、猿類に似ていると主張した。この観察は一般には理解しやすいため、多くの人種論に引用された。しかし、この考え方は、各人種と各種霊長類を単純に一直線上に並べたにすぎず、その数字の意味するところを考えず、また誇張して人種差別に結び付けるきらいがある。そのため今日の人類学者は、ただ頭骨の形態を記述する項目としてのみ用いる。顔面角を測る方法としては、上述の他に全側面角、鼻側面角、歯槽側面角などが考案されている。
〈香原志勢〉 (C)小学館スーパーニッポニカ百科事典

 世界大百科事典の「顔面角」はあまりにも時代後れだ。古い「学説」をまともに相手にしてしまって「人種差別につながる」ことも書いてない。エンカルタには「顔面角」の項目がなく、ブリタニカにもfacial angleの項目がないのは、現代では問題とするに足らないという態度だろう。

 しかし19世紀の終わりから20世紀初めには、猿→類人猿→黒人→黄色人種→白人の順序で顔面角が大になり、これが進化の順序を反映しているという迷信がまだ有力だった。モーティマー医師も、黒人とエスキモーでは後者の方が進んでいて、もちろん白人が一番偉いと思っていただろう。
   イザベラ・バード女史は、これより少し前の1880年に、アイヌ人は「顎が突き出るような傾向は少しもない」と書いていた。黒人や蒙古人と違って顔面角が大きく、白人に近いということだ。
 このころ頭蓋骨計測値がいかに重視されたかは、もう少しあとにコナン・ドイルが書いた小説にも明らかだ。(続く)

Grades

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2009年11月 7日 (土)

毛むくじゃらのアイヌ人(5)

 平凡社世界大百科事典のアイヌの起源に言う「頭蓋計測値」というのは、たとえば

"You interest me very much, Mr. Holmes. I had hardly expected so dolichocephalic a skull or such well-marked supra-orbital development. Would you have any objection to my running my finger along your parietal fissure? A cast of your skull, sir, until the original is available, would be an ornament to any anthropological museum. It is not my intention to be fulsome, but I confess that I covet your skull."

「ホームズさん、あなたは非常に興味深い。ここまで長頭とは思わなかった。眼窩上隆起もこれほど顕著だとは。顱頂縫合を触らせていただけますか。あなたの頭蓋骨を石膏型に取れば――現物はまだ入手不可能でしょうから――人類学博物館の呼び物になります。お世辞抜きで、あなたの頭蓋骨はぜひ欲しい」

 ベアリング=グールドの考証によれば、これは1888年(明治21年)9月25日のことだった。もちろん『バスカヴィル家の犬』の事件が始まった日だ。ホームズの頭蓋骨を欲しがったのはジェームズ・モーティマー氏である。医師でアマチュアの人類学者だった。
 ホームズは自分も科学のためなら何でもしたから、喜んで頭を触らせてやったに違いない。ワトソンが省筆して書かなかっただけだ。頭蓋骨の石膏型が「名探偵ホームズ34歳の砌の髑髏」として人類学博物館に展示されたかどうかは分からない。

  シャーロック・ホームズの頭蓋骨は長頭dolichocephalicであった。長頭の反対は短頭brachycephalicである。

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 長頭(上)と短頭(下)の頭蓋骨(生前の現物の写真)

 頭蓋骨の幅を長さで割った数値を「頭長幅示数」といい、この数値が小さいのを長頭、数値が大きいのを短頭という。
 写真上の長頭は後頭部が出っ張っているが、短頭には出っ張りがない。長頭か短頭かは人類学上きわめて重要な指標だった。

 主としてヨーロッパに住むコーカソイド(白色人種)について、世界大百科事典は

北の北方(ノルディック)人種は高身長・明色・長頭の人々で皮膚や虹彩の色はきわめて淡い。アーリヤ人種という誤った名で呼ばれることがある。中央の帯は,東のロシア領の中身長・明色・短頭の東ヨーロッパ人種と,色素の割合に多い短頭の2人種からなる。後者は低身長のアルプス人種と,高身長のディナール人種である。南の帯は高身長・濃色・長頭の地中海人種の大集団によって構成される。………………アイヌも波状毛,多毛などコーカソイド的特徴を示すが,モンゴロイド的な特徴も多く,分類が困難である。 
  
「アイヌ人はヨーロッパ人の従兄弟である」は、この百科事典の記事の時点(事典は1998年版だが、記事執筆はもう少し前か?)ではまだ完全には否定されていなかった。(続く)

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2009年11月 6日 (金)

毛むくじゃらのアイヌ人(4)

 明治時代に来日した外国人でアイヌ人に注目した人は多い。イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(原著1880年(明治13年)刊)によると

 日本人の黄色い皮膚、馬のような硬い髪、弱々しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻、凹んだ胸、蒙古形の頬が出た顔形、ちっぽけな体格、男たちのよろよろした歩きぶり、女たちのよちよちした歩きぶりなど、一般に日本人の姿を見て感じるのは堕落しているという印象である。

 アイヌ人については、イザベラ・バードはこう書いている。

 男たちは中くらいの背丈で、胸幅も広く、ずんぐりして、非常に頑丈な骨組みである。……眼は大きく、かなり深く落ちこんでいて、非常に美しい。眼は澄んで豊かな茶色をしている。その表情は特に柔和である。睫は長く、絹のようにすべすべして豊富である。皮膚はイタリアのオリーブのように薄黄緑色をしているが、多くの場合皮が薄く、頬の色の変化が分かるほどである。……顎が突き出るような傾向は少しもない。日本人によく見られるような上瞼を隠している皮の襞は決してみられない。容貌も表情も、全体として受ける印象は、アジア的というよりはむしろヨーロッパ的である。

Ainu

 イザベラ・バードは日本文明をある程度評価している。しかし日本人に対しては肉体的嫌悪感がある(堕落しているdegenerateはひどい)。アイヌ人は「ヨーロッパ的」なのに日本では野蛮人の生活だ。
「残念だ。助けてやりたい」
 とは、バード女史も言わない。
 しかし
「ヨーロッパ人の従兄弟であるアイヌ人が蒙古人に虐げられているから救援に行くべきだ」
 というトンデモ論は、このあたりに源があったらしい。

 アイヌ人は、日本人、朝鮮人、モンゴル人などと同じモンゴロイド(黄色人種)である。彫りが深い顔立ちで一見白人に見えるのは、「寒冷地適応」が生ずる前の原モンゴロイドだからだ。ふつうのモンゴロイドは寒いところで暮らすのに好都合なように顔の表面積を小さく(平べったく)する方向に進化した。髭などの体毛も少なくなった。アイヌ人はこの「進化」が起こらず白人然とした容貌のまま残った。
 というようなことは私でも知っている。これが正しいことはDNAのタイプの比較で検証されているらしい。これについては英語版ウィキペディアのAinuの項目http://en.wikipedia.org/wiki/Ainu_peopleが詳しい(正しいかどうかは知らない)。
 
 ところが私の持っている平凡社世界大百科事典(1998年版)の「アイヌ」では
 


【起源】
 彫りの深い顔立ち,波状の髪,豊富な体毛,上・下肢の長い体形など,アイヌの体質には近隣のモンゴロイドよりはむしろ遠いコーカソイドやオーストラロイドを想起させるような特徴がある。アイヌの起源についてさまざまの説が対立し,ときには人種の島といわれることがあるのはそのためである。多変量解析法による頭蓋計測値の比較をおこなってみると,アイヌはいろいろな人種にある程度の親近性を示しながら,しかもそのどれにも属さない中立的な位置を占める。これはアイヌがホモ・サピエンスの原型に近い形態特徴を保持しており,人種分化の過程をあまり経ていないことを意味するのであろう。……

 DNAのことなど、ひとことも書いてない。遅れている。「頭蓋計測値」なんかが出てきますね。(続く)

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2009年11月 5日 (木)

毛むくじゃらのアイヌ人(3)

 今度はチャールズ・マスターマンの番だった。彼はいつもの陰鬱な口調で言うのだった。ジャップとフン族が我々を地上から追い払ってしまう。我々よりはるかに強く狡猾で、まことに唾棄すべき奴等だ。その後も一人か二人同じように日本くたばれ論を述べた。するとウィンダムは何しろ奇想好きだから、彼一流の珍歴史理論(沢山持ち合わがあるうちの一つ)で議論を締めくくった。毛むくじゃらのアイヌ人はヨーロッパ人の従兄弟だ。彼らはいやらしい蒙古人に征服されている。「我々は毛むくじゃらのアイヌ人をぜひ救援に行くべきだ」と彼は重々しく言った。
 すると誰かがいかにも驚いたように言った。
「おやおや、ここにいる全員が、深刻な理由があるのかどうか、日本人を憎んでいるらしい。我々は日本の同盟国になったばかりか、新聞紙上でも日本の悪口は一切まかりならぬということになっている。なぜだ? いつでもどこでもジャップを誉め称えるのが流行に、決まりになっている。なぜだ?」
 これを聞いて、チャーチル氏は政治家特有の謎の微笑を浮かべた。それで先刻述べた曖昧の帳が降りてきて、この問いに対する答えは未だに出ていない。
 
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 日英同盟は1902年(明治35年)に締結された。日本の対露戦争勝利はめざましすぎたせいか、英国では警戒心を呼び起こしたようだ。
 アイヌ人はこのころはコーカソイド(白人)だと考えられていた。顔の彫りが深くて毛むくじゃらだから、どうも「ヨーロッパ人の従兄弟」らしいというのだ。(続く)

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2009年11月 4日 (水)

毛むくじゃらのアイヌ人(2)

 次はウィンストン・チャーチルの番だった。面白いのは、日本が美しく優雅な国だったときは野蛮国扱いされたのに、醜く俗悪になった今では敬意を払われていることだ――チャーチルはこういう意味のことを言った。

Then Mr. Winston Churchill said that what amused him was that as long as Japan was beautiful and polite, people treated it as barbarous; and now it had become ugly and vulgar, it was treated with respect, or words to that effect. 

 これで年代がだいたい分かるのです。
 1906年(明治39年)に岡倉天心(1862-1913)が『茶の本The Book of Tea』を出した。

Those who cannot feel the littleness of great things in themselves are apt to overlook the greatness of little things in others. The average Westerner, in his sleek complacency, will see in the tea ceremony but another instance of the thousand and one oddities which constitute the quaintness and childishness of the East to him. He was wont to regard Japan as barbarous while she indulged in the gentle arts of peace: he calls her civilised since she began to commit wholesale slaughter on Manchurian battlefields.

おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。(村岡博訳)

 チャーチルの言葉は、岡倉天心の英語が元でしょう。
 1905年(明治38年)9月5日にポーツマス条約が調印された。天心のThe Book of Teaは翌年5月にニューヨークの出版社から出て、たちまち版を重ねた。
 天心のエレガントな英語は評判を呼んだ。ドイツの哲学者ハイデガー(1889-1976)にまで影響を与えたくらいだ。
 ハイデガーの「世界内存在 In-der-Welt-sein」は、天心の英語に触発されたのだ。茶の本に「処世術the art of being in the world」という英語がある。これが下敷らしい。
 これは今道友信氏が初めて指摘した。私は高階秀爾『本の遠近法』で知った。

 ウィンストン・チャーチルも岡倉天心の真似をしたのだ(これを言うのは私が初めてだと思う)。アイヌ人登場は次回。

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2009年11月 2日 (月)

毛むくじゃらのアイヌ人(1)

 ジョージ・ウィンダムはいろいろと妙なことを考え出す男だった。奇癖家だった。特に変なのは、座談になると自分が話題を決めて、試験か勝負事みたいに一人一人の意見を徴することだった。ある日、彼は厳かに「日本」と宣った。まず私が皮切りをせよという。私は言った。
「日本は信用できない。我々の一番悪いところを真似しているからだ。中世とかフランス革命とかを真似するのなら、まあ分かる。ところが、奴等は工場や物質主義を真似している。鏡を覗いたら猿が写っていた、というところだ」
 彼は司会者みたいに手を挙げた。「よろしい。そこまで」
 次はシーリー少佐(今は将軍)の番だった。自分が日本を信用できないのは、大英帝国として植民地と国防の問題で日本が少々懸念材料になっているからだと、シーリーは言った。

 G・K・チェスタトンの自伝(1936)の一節です。まだ「毛むくじゃらのアイヌ人」は出てこない。英語ではたとえばhttp://www.cse.dmu.ac.uk/~mward/gkc/books/GKC-Autobiography.txt
で読める。
 チェスタトンの言葉
I distrust Japan because it is imitating us at our worst.

 彼は「ある日」の座談会で意見を求められてこう言ったというのだが、それが何年何月何日だったかは、チェスタトンのことだから書いていない。しかし、もう少し後を読むと、日露戦争(1904-5)より後であり、1906年かそれ以降だということが分かる。
 しかし、こちらは「日英同盟バンザイ」だったのに、向うはこんなことを言っていたのだ。今でもそんなに変わらないのではないかと思う。

 この間雑誌のEconomistを見ていたら、おかしな記事があった。日本と英国の米国での特許取得数を比べると、総件数だけでなく人口一人当たりでも日本の方が断然多いというのだ。なぜだろうか? 答えは当然「日本人は独創性に富んでいるから」となると思うでしょう。そうはならないのだ。
「日本人の間には同調圧力が強いから」というのがEconomist誌の答えだった。
 猿真似の日本人なんかに独創性を認めてたまるか! 
 しかし、同調圧力はいくら何でも変だ。みんながどぶねずみ色の服装だから私もどぶねずみ色にしよう――は分かる。しかし、みんなが発明をするから、私も発明をしよう??
 チェスタトンに戻ると、この座談にはウィンストン・チャーチル(1871-1947)も加わっていた。(続く)

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2009年11月 1日 (日)

パセティック

(海辺のカフカでフェミニズム二人組が大島さんを追求するシーン)
 背の低い女性がそこで初めて口を開く。声は鋭く高い。「あなたの主張していることは結局のところ内容空疎な責任回避、言い逃れに過ぎません。現実という便宜的タームを持ちだすことによって、安易な自己正当化をおこなっているだけです。言わせていただければ、あなたはまさに男性性のパセティックな歴史的例です」
パセティックな歴史的例」と大島さんは感心したような口調で繰り返す。声の響きからすると彼はその表現がけっこう気に入ったようだった。
(19章)

 この「パセティック」はどういう意味か? 大島さんは「けっこう気に入った」というのだけれど。
 パセティックは、「悲愴」「悲壮」だと思っていませんか? 英語では違う。「みじめったらしい」「情けない」「だめな」という意味です。

 チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」があった。あれはpatheticじゃなかったかな。ウィキペディアを見てみよう。

(チャイコフスキーの交響曲第6番の)副題については、日本語訳に関して諸説がある。曰く、チャイコフスキーがスコアの表紙に書き込んだ副題はロシア語で「情熱的」「熱情」などを意味する "パテティーチェスカヤである故に「悲愴」は間違いである、というものであるが、チャイコフスキーはユルゲンソンへの手紙などでは一貫してフランス語で「悲愴」あるいは「悲壮」を意味する "Pathetique" (パテティーク)という副題を用いていたため、一概に誤りとは言えない。ベートーヴェンの悲愴ソナタも作曲者自身によって付けられた副題はフランス語の"Pathetique"である。もっとも、パテティーチェスカヤもパテティークも語源はギリシャ語の"Pathos"(パトス)であり、ニュアンスとしては関連性がある。

 フランス語のpathetiqueと英語のpatheticとドイツ語のpathetischはギリシャ語のpathosが語源だ。ところが英語だけは意味が違うのですね。

 私は前に偶然これに気づいた。ジャック・ニコルソンの『ファイブ・イージー・ピーセズ』という映画があった。

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 主人公とと女友達がケンカになって、女が泣き出す。男が

"Don't be pathetic!"

と怒鳴る。「おい、メソメソするな!」だ。
 なるほど英語ではそういう意味だったのか。それから気をつけて読んでいるが、patheticを「悲愴」の意味で使った例は見たことがない。まず「みじめったらしい」くらいの意味だ。

 辞書は

pathetic 〔初16c;ギリシア語 pathetikos (敏感な)〕
【形】
1哀れな, 痛ましい(pitiful);感傷[感動]的な∥a ~ story 哀れな物語.
2((略式))〈努力などが〉まったく不十分な, 取るに足りない;救いようのない, ひどい, とても悪い
∥She took three weeks to answer my letter. Isn't it pathetic ?  彼女は3週間もしてから返事をよこした. ひどいと思わないか.
3((廃))感情に影響される[左右される].

 古い英語には1や3の意味で使った例があるのだろう。しかし、2の「略式」が今では主流だ。訳語はもう一工夫する必要があると思う。

 同じギリシャ語の語源pathosから派生しても、英語だけ意味がずれてきたみたいだ。
 WordReference.comというサイトで
http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1517466

Don't be pathetic!
をどう独訳すればよろしいか、という質問が出ている。直訳の
Sei doch nicht pathetisch! でよろしいか?
これに対する答え
Lass die Mitleidstour! (「哀れな真似はやめろ」くらいか?)
 と訳すべきだ、とドイツ語が母語の人が答えて、こう付け加えている。

"pathetic" and "pathetisch" are false friends.
The German word "pathetisch" means excessively passionate.
The Endlish word "pathetic" means bemitleidenswert, erbarmlich.

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2009年10月30日 (金)

ナイーブな肉屋

「君は昔はもっとナイーブだったぜ」
「そうかもしれない」といって僕は灰皿の中で煙草をもみ消した。「きっとどこかにナイーブな町があって、そこではナイーブな肉屋がナイーブなロースハムを切っているんだ。昼間からウィスキーを飲むのがナイーブだと思うんなら好きなだけ呑めばいいさ」
(講談社文庫版上p.84)

  村上春樹は英語にやかましい作家だ。『1Q84』で天吾が使うのは「富士通のワードプロセッサー」であって、「ワープロ」ではない。『海辺のカフカ』の星野君は、「カーネル・サンダース」と言いそうなものだが、正しく「サンダーズ」と言っていた。
   大島さんは、フェミニズム二人組の「ジェンダーgender」という言葉の使い方をたしなめていた。「ちなみにジェンダーということばは、そもそも文法上の性を現すものであって、フィジカルな性差を示す場合はやはりセックスの方が正しいと僕は思います。この場合の『ジェンダー』は誤用です。言語的な細かいことを申し上げれば」
(この場合は、そもそもアメリカ人が間違った使い方をしているわけですが。)

 しかし村上春樹でも間違えるのだから、油断は禁物だ。「ナイーブな肉屋」はnaive butcherとは訳せない。Alfred Birbaumの英訳ではinnocent butcherとしている。「アブドーラ・ザ・ブッチャーはナイーブな肉屋だ」なんちゃって。

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「ナイーブ」というのは何か結構なことのように思っていませんか? そういう意味ではない。要するに「単純で馬鹿」という意味です。

naive
adj. 世間知らずの, 無知でだまされやすい, 単純な, (年の割に)幼稚な, 稚拙な; 純真な, うぶな, 素朴な, 愚直な, 無邪気な, 天真爛漫な
◆It is naive to believe that productivity will skyrocket shortly after the design-automation tools are installed. 
設計自動化ツールを導入して間もなく生産性がうなぎのぼりになるだろうなどと考えるのは, おめでたい限りである.
(ビジネス/技術実用英語大辞典)

 むかし「フランシーヌの場合は、あまりにもおばかさん」というのがあった。naiveというのは、まあそういう意味です。
 グーグルに「ナイーブな」と入れてみると
「ごくせん」出身のイケメン俳優が、初主演作で見せるナイーブな表情http://news.walkerplus.com/2009/1020/10/
 というのがトップに来る。

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「ごくせん」とは何か知らないが、なかなかハンサムな若い男だ。しかし、ナイーブ=ハンサムでもないらしい。高倉健はハンサムだが、ナイーブとは言わない。歳が違いすぎる? 木村拓哉の若いころもナイーブとは言わなかっただろう。
 英語のnaiveは「単純で馬鹿」だが、「日本語のナイーブ」は「繊細で感じがよい」というような意味で使っているみたいだ。
 しかし次などどういう意味だ?

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 グーグルに「ナイーブな」で二番目に出るのは

 あまりにナイーブな鳩山外交

 自民党の山本一太議員がブログで鳩山首相を批判している。この「ナイーブ」の用法は正しい。http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2009-10-24
「こと外交政策に関して言うと、鳩山総理はあまりにナイーブな気がする。特に普天間基地移設問題に関しては、毎日言うことがぶれている。これはとても不安だ!」

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