2008年7月16日 (水)

コナン・ドイル卿?(9)

「今年はシャーロック・ホームズの生誕百周年」どんよりしたある秋の朝、ミセス・ブラッドリーが言った。「この記念すべき年にふさわしいお祝いをうっかりしそびれてしまったとしても、心配はご無用。ブーン・チャントリー卿からわたしたちに、シャーロック・ホームズの夕食会への招待状が届いたわ。夕食会は十一月二十五日、彼のお屋敷で開催される予定よ」
(『ワトスンの選択』p.1の書き出し)

「ブーン・チャントリー卿」が怪しい。2頁を見ると今度は「ブーン卿」と書いてある。Sir Boone Chantreyでしょうね。
 今年の5月に出た本だけれど、延原氏や大久保氏の時代から進歩していないのは困る。こういう翻訳はまだ多い。

 柳広司氏の『吾輩はシャーロック・ホームズである』は大傑作です。表紙はホームズみたいだけれど、背が低いのが変だ。六フィートには見えない。実は……
 この作品の唯一の瑕瑾は「コナン・ドイル卿」と書いてあることです。そのほかは脱帽するほかないできばえだ。

 ホームズなら延原謙訳という定評があったのだけれど、さすがに耐用期限が来たのか。
『フランシス・カーファックス姫の失踪』も何とかならんかね。
 Lady Frances Carfaxは伯爵令嬢である。偉いのだけれど「姫」は困る。
 日暮雅通氏の訳

「レディ・フランシスは、亡くなったラフトン伯爵の直系の一族のなかでまだ生きているただひとりの子孫だ。きみも覚えているかもしれないが、一族の財産を継いだのは男のほうの家系だった。彼女に残されたのは限られた財産しかなかったが、そのなかに銀と珍しいカットのダイヤモンドを施した古いスペインの装身具があった。レディ・フランシスはそれがたいそうお気に入りなんだ――気に入りすぎて、銀行に預けておこうともせず、肌身離さず持ち歩いている。……」

 しかし、このあとの一文がデタラメです。

「レディ・フランシスというのははかなげな風情の美しい人で、まだ中年というには若いくらいの年齢だというのに、不思議なめぐりあわせというのか、つい二十年前にはたいそうな取り巻きだった人たちからすっかり見捨てられてしまった」

A rather pathetic figure, the Lady Frances, a beautiful woman, still in fresh middle age, and yet, by a strange chance, the last derelict of what only twenty years ago was a goodly fleet.

  ちくま文庫の高山宏訳

「本当にかわいそうな人でね、このレディ・フランセスは。美人で、まだ中年の入口という年なのに、奇怪な運命にもてあそばれて、つい二十年前の溌剌たる姿の残骸という有様なのだ」

 正解です。「超人高山宏」なのだそうで、こんなところを間違えるはずがない。
 
 
  日暮訳にかえると――いやあ、翻訳って本当に怖ろしいですね。
 原文は動詞がない破格の形です。
 しかしthe Lady Francesが主語です。be動詞の省略と考えればよい。isをどこに補うのかと問われると困るけれど。ほかの要素はすべてこの主語に対する補語なのだ。
 the Lady Frances=the last derelict of what only twenty years ago was a goodly fleet
  が読めないで勝手訳をこしらえてはイケナイ。fleetが集合名詞だからといって「取り巻きだった人たちがどうこう」などは駄目。「現在のレディ・フランシスは20年前に立派な艦隊であったものの残骸である」という比喩です。

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2008年3月20日 (木)

推理小説の誤訳(4)完

 古賀正義氏まえがき続き
「……同じく東大英文科で教鞭をとり、英文学のカテゴリーを超えて戦後著名文化人の第一人者であった故中野好夫氏の『ローマ帝国衰亡史』(ギボン)も、一、二巻に関する限り、誤訳が少なからず、そのため索漠たる読後感が残るのは残念である。」

 ほんとだろうか? ショックだなあ。ギボンは難しそうだから、中野訳があるなら訳で読もうと思っていたのに。
 私は中野好夫訳のモームを英和対訳にしたのを何冊も読んだことがある。間違いは一つだけ気がついた。her second marriageを「あの女は後妻だから云々」と訳したのは、筆が滑ったのだろう。そのほかは正に達人の技で「凄すぎて真似はできない」と思ったものだ。
 晩年は衰えたのか? 淮陰生の名前で出した『一月一話』は面白かったけれど。分からん。

 古賀氏曰く
「推理小説だけなら、文学の周辺に位置するものとして、軽視することもできよう。しかし、一流の学者が一流の文学、史学、哲学、経済学、法学等の分野で同じような誤りを冒しているとすれば、明治以後の輸入文化は欠陥品、ないし当今流行の表現を使えば偽装品を含んでいたのではないかという深刻な反省を迫られることになろう。」

「同じような誤りを冒しているとすれば」は仮定だけれど、どうも実際にそうらしい。別宮貞徳氏の誤訳指摘本を見ると、そうらしい。

 ただ、古賀氏の本には、別宮氏の本と違って「あっと驚くタメゴロー」的な派手な間違いの指摘がない。あるいは「細かい文法ばかり突っついて……」と言う人がいるかも知れない。
 別宮先生の『特選誤訳迷訳欠陥翻訳』(pp.145-6) によると、古賀氏が1983年に「別宮氏の訳書にも多数の誤訳を見つけた」と言い、朝日新聞が鬼の首を取ったように記事にしたらしい。
 
 
  別宮氏は古賀氏に問題の訳書『イヴリン・ウォー作品集』のどこが誤訳かを尋ねる手紙を出し、古賀氏が丁重に返事して22箇所の誤訳を指摘した。
 別宮先生曰く
「この中で、訳語についての感覚の差、原文の解釈の相違を除き、たしかにこちらの誤りと認められたのは十三である。われながらずいぶん呆れた誤訳で、どうしてこんなバカなことをと思うのだが、それが翻訳の恐ろしさで、うっかりだの、思いこみだの、考えちがいだの、いずれ『誤訳辞典』の続編に(出れば、だが)収録するつもりでいる。……少なくともぼくは、ひとがそれくらいのミスをおかしていても責める気にはなれないし、責めたこともない。まして訳者名を公にすることなど考えも及ばない」

『推理小説の誤訳』という本に限れば、古賀氏がここで誤訳でないものを誤訳扱いしているとは思わない。ただ、古賀氏の基準は少々厳しすぎるきらいがないでもない。
 寅さんに「それを言っちゃあ、おしめえだよ」という台詞がありますね。
 古賀氏に対して「じゃあ、あなたも一度翻訳をしてみたらどうですか? むつかしさが分かりますよ」と言うのは、やはり禁じ手でしょうね。
 ただ、翻訳の恐ろしさは、やってみないと分からない。別宮先生ほどの人でも、「うっかりだの、思いこみだの、考えちがいだの」で間違いをしてしまうのだ。況や我々に於いてをや。
 
 結論
・誰でも間違うことはある。
・しかし、間違いにも「程度がある」。
・間違いをチェックする体制がないのが一番の問題だ。

 古賀氏の本も「間違いチェック」の一種だけれど、シャーロック・ホームズの例のようにチェック機能は働いていないようだ。だからしつこく取り上げたのです。

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2008年3月19日 (水)

推理小説の誤訳(3)

 再び古賀氏の文庫版まえがきから

「誤訳探しの旅はクリスティーに終わらなかった。その後シャーロック・ホームズものについては、クリスティーの数十倍の熱意をもって読み耽ったが、それはいわゆるシャーロッキアナ的な興味からであり(ただし、本業に負われ活字化は見送った)、誤訳の数については手許に記録がない。」

 誤訳探しの旅? 古賀先生は弁護士かと思ったら検事ですか――などというのはアンフェアだろう。使命感があるのだ。

 ホームズについては私も人様の翻訳をあれこれ批評するけれど、もっぱら「シャーロッキアナ的な」興味からである。新発見が楽しいからだ。もっとも我発見セリと思っていると、水野雅士氏などが先に見つけていることもある。土屋朋之氏などから気がつかなかったことを指摘されることもある。(今回も、笹野史隆氏のコナン・ドイル小説全集のことを教えていただいた。)いずれにせよ、「正典の読み方が変わる」ような間違いだけは見つけねばとは思っている。

 再び古賀氏まえがき
「グレアム・グリーンのほぼ全著作については、誤訳の記録が残っており、一冊当たりの誤訳平均15というのが相場であったが、なかには30前後に達するものもあった。推理小説に較べ比較的正確な訳文となっているのは、出版社が訳者の選定に慎重を期したためと思われる。」

 それでは、私もグレアム・グリーン訳の間違いを一つ。まず日本語だけ見てください。

 わたしは五十もすぎてから、母の葬式のときにはじめて叔母のオーガスタに会った。母は死んだ時おっつけ八十六になるところで、叔母は母より十一か十二若かった。……
(『叔母との旅』の第一章第一節の書き出し。早川書房グレアム・グリーン全集第22巻、昭和56年、小倉多加志訳)

 なんだか変でしょう? 
 私(ブログ筆者)も、母は健在だけど、母より十一か十二若い叔母がいる。この叔母と私が「私が五十もすぎてからはじめて会う」? 私が中国残留孤児だった、というような特殊な場合だけでしょう。叔母とは、私が赤ん坊、叔母が女学生で「はじめて会って」いる。こちらが覚えていないだけだ。
 原文はどうか

I met my Aunt Augusta for the first time in more than half a century at my mother's funeral. My mother was approaching eighty-six when she died, any my aunt was some eleven or twelve years younger.

 なあーんだ。
 for the first time in XX years=XX年ぶりに
 というのは受験勉強で確かに習ったはずだ。

○叔母のオーガスタとは、母の葬式のときに、五十数年ぶりに会った。
 
 グリーンのTravels with My Auntは20年くらい前に神保町の東京泰文社で買って(200円くらい)読んだ。つい最近、図書館でグレアム・グリーン全集を見つけて、開いてみたら劈頭から間違っているのだ。びっくりしたなあ。(私が図書館で見たグリーン全集は昭和56年版です。現在の版は直してあるかも知れない。そうだといいのだけど)
 古賀氏が名前の通り「正義」のために誤訳探しに乗り出したのも分かる。(続く)

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2008年3月17日 (月)

推理小説の誤訳(2)

 古賀正義氏の『推理小説の誤訳』は、A Dictionanry of Mistranslated Mysteriesという副題がついている。
 本当に辞書なみに網羅的なのだ。主としてアガサ・クリスティーのミステリから万遍なく誤訳を見つけ出している。

『オリエント急行の殺人』なんて5種類の翻訳が出ていて、全部チェックしたらしい。

 文庫版まえがき
「本書で取り上げた材料は、アガサ・クリスティーの推理小説を中心とする何の変哲もない平易な英文である。この作業を進めながら驚いたのは、誤訳があまりに多いことであった。文庫本一冊につき、平均50位の誤りがあり、20,30は上の部、100を越えて下の部に属するというのが大体の感想であった。」

 私もクリスティーは以前に40冊くらいまとめて読んだことがあるけれど、ほんとに「何の変哲もない平易な英文」である。どうしてそんなに間違えるのか不思議だ(ケアレスミスの一つや二つは誰でもするけれど)。引用を続けると

「推理小説は緻密な論理によって筋が展開され、読者は著者が設定した推理の過程を辿ることに楽しみを見いだすものである。しかるに誤訳はしばしば論理の崩壊――矛盾・撞着――につながりかねず、著者の努力を無にし、読者の喜びを奪う結果になる。このようにして誤訳は論理を生命とする推理小説の敵となるのである。」

 ほんとにその通り。出版社に「金返せ」と苦情が来ないのが不思議だ。
 翻訳も「製造物」である。いや、これはちょっと不正確か、ともかく商品なのだから、欠陥商品なら問題が生じる。だから、産業翻訳では必ず訳文をチェックする。(翻訳の馬鹿防止でちょっと触れました。)
 チェック以前に翻訳者の選定に気をつける。翻訳会社が「トライアル」をして翻訳者を選ぶのだ。短い英文和訳と、場合によって和文英訳をさせる。(英語を読むのはできても、書くとなると大変なので、英文和訳専門の翻訳者が多い。)。
 私もトライアルを受けたし、ある翻訳会社のトライアルの出題と採点をしているが、どこを見るかというと、要するに英文法がちゃんと頭に入っているかどうかである。

 たとえば、本書p.100

I was just a shade nervous of Mrs. Flemming's receptions, but hoped my appearance might have a sufficiently disarming effect. (クリスティーのThe Man in the Brown Suit)

×フレミング夫人がどう思うか、いささか心配になったが、私としては、なるべく目立たないように見えたらいいと、思っていたのである。(向後英一)

×フレミング夫人が自分をどう迎えてくれるかが一番気になってきて、どうか自分がしおらしくてこのましい印象を与えますようにと祈った。(桑原千恵子)

△突然行ってフレミング夫人がどう思うかと考えると、不安な気持がないでもなかったが、きっとこの外観を見ればむこうさまだって腹立たしい気は起きなかろう、と私は思ったのである。(赤冬子)

○(下線の部分のみ)私の身装(みなり)を見れば、夫人の反感もやわらぐかもしれないと思った(わたしの(みすぼらしい)外観が夫人の敵意をやわらげる効果を十分発揮するかもしれないと思った)。

Armは武器であり、disarmは"武装を解除させる"という動詞であり、disarmingはこれから来た形容詞である。C.O.D.はdisarmにpacify hostility or suspicion of (~の敵意または疑念を和らげる)という定義を与え、これからdisarmingという形容詞ができたと説明している。(ここまで古賀氏。後略)

 間然するところのない説明である。私が英文法というのはこういうことです。
 かならずしもC.O.D.を引く必要はない。disarmは他動詞で原義は「武装解除する」、転じて「敵意を和らげる」、したがってdisarmingは「相手の敵意を和らげるような」という意味だ――と頭が働いて訳文が出てくるのでないと困る。当てずっぽうに訳してもらっては危ないのだ。
 上の3氏のような訳しぶりでは、契約書や財務諸表やマニュアルならお客さんから苦情が出るのは必定である。私なら絶対に翻訳者として採用しない。
 推理小説の場合はどうか。この部分をどう訳しても全体に大して影響はないようにも思える。しかし、こういう間違いが50も100もあれば、ボディーブローのように効いてくるのだ。「推理小説の敵となる」というのは、そういうことだ。

 古賀氏はクリスティーのほかにシャーロック・ホームズやグレアム・グリーンも訳文を検討したのだという。(続く)

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2008年3月15日 (土)

推理小説の誤訳(1) 技師の親指の場合

「私はテーブルの上にある本を見ました。ドイツ語は知らなくても、二冊は科学の本、ほかのは詩集だと分かった。それから窓に寄ってみた。外に田園風景が見えるかと思ったのですが、樫の戸板に頑丈なかんぬきをかけて閉めてある。妙に森閑とした家でした。どこか廊下の方で古い柱時計が時を刻む大きな音がする。そのほかは死んだように静かだ。漠然たる不安が襲ってきました。このドイツ人どもは何者だろう。こんな人里離れたところに住んで何をしているのか。いったいここはどこだ? アイフォード駅からの距離は十マイルかそこらだ。それだけは分かっているけれど、北か南か、東か西か、まるで見当がつかない。いや、レディングだって、ほかの大きな町だって、十マイル圏内にはあるのだから、こう見えてもそれほど辺鄙なところではないかも知れん。しかし、これほど静かなのだから、田舎には違いない。I paced up and down the room, humming a tune under my breath to keep up my spirits and feeling that I was thoroughly earning my fifty-guinea fee.」

『技師の親指』からです。「私は……」といって話しているのは、水力工学技師のヴィクター・ハザリー氏であった。悪者はこいつで、ものすごく怖いことになるのでした。

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 しかし、英語のままにした箇所です。

 古賀正義氏の『推理小説の誤訳』に、同書の元版が出た1983年の時点での翻訳が全部、大間違いであることが書いてある。(日経ビジネス人文庫版pp.112-116)

 古賀氏のあげる間違い訳の例

×私は気力を引き立てるために、部屋のなかを歩きまわり、鼻歌を口ずさんだり、何はともあれ五十ギニーの報酬を手に入れる稼ぎ場所なのだと心につぶやいたりしました。
(大久保康雄)

×私はひっそり鼻歌をうたいながら部屋を行ったり来たりして、元気をつけようとしました。まるまる五十ギニーもうけるんだと思ったりしました
(鈴木幸夫)

×ぼくは部屋のなかを行ったりきたりしながら、気をひき立たせるために鼻歌をうたったり、とにかくまるまる五十ギニーかせぐところなんだと考えてみたりしました
(阿部知二)

×私は気を引き立たせるために、軽く鼻唄をうたったり、五十ギニ儲かるのだと思い出したりしながら、部屋のなかをあちこち歩きまわっておりました。(延原謙)

 全員ダメだった。
 この本は1983年にサイマル出版会から出たものの文庫化です。25年前に正典の翻訳が4種類入手できて、それが全部間違いだった。
 古賀氏はこのあとで正解を書いています。
 しかし、この本が出てから、さらに2種類の翻訳が出ているはずだ。どう訳してあるか見ておこう。

×わたしは部屋の中を行ったり来たりしながら、気持ちを引き立たせようと、鼻歌を歌ったり、五十ギニーの報酬がまるまる自分のものになることを考えていました
(小林司・東山あかね)

×ぼくは部屋の中を行ったり来たりしながら、元気を出すために鼻歌を歌ったり、とにかく五十ギニー儲かるんだからと自分に言いきかせたりしました。
(日暮雅通)

 なぜ6人が6人とも同じ間違いをするのだ? CIAの陰謀か。

 古賀氏の正解

○(下線の部分のみ)五十ギニーという報酬をかせぐにふさわしいだけの十分な苦労をしているなあと感じながら……(五十ギニーという報酬をかせぐにはそれ相応の苦労がいるわいと感じました)。

 そういうことです。なぜ間違ったかというとearnという単語の意味を正確につかんでいないためだ。
 earn=かせぐ または earn=儲ける だと思っているのが大間違い。
 古賀氏はC.O.DとO.E.D.(Oxford English Dictionary)の定義を引いて懇切丁寧に説明している。これをここに写そうと思ったがやめた。本を買って読んでください。

 ただ、私は、古賀氏が読者の水準を高く見積もりすぎているのではないかと思う。説明してもらっても分からない人が多いだろう。
 ひょっとして訳者の中にも「どうして私の訳で間違いなの?」などと言って首をひねる人がいるんじゃなかろうか?
 25年前にこれが出たのに、ショックを受けて訳文を改定した人もいないようだし、新しく訳す人も恬淡として同じ間違いを繰り返しているのだもの。

 私自身は誤訳指摘にはそれほど興味はない。関心はシャーロック・ホームズ学にあるので、翻訳はどうせ間違いがあるだろうと思っているから。
 でも、こういう初歩的な間違いを見ていると嫌になってくるね。どうも予備校の教師をしていたころのことを思い出す。気の利いた受験生なら、こういう間違いはしません。
 古賀氏がC.O.D.やO.E.D.を引いてみせたのは説明のためである。
 自分で読むときは辞書なんか引かなくても自然に「やれやれ、五十ギニー稼ぐとなると大変だなあ云々」というような意味が頭に浮かぶはずである。不肖私だって同じだ。そういう風に読めなければ、洋書を読む意味はない。
 読めない人に翻訳をする資格はない。
 全員、豆腐の角に頭をぶつけて死んでいただきたい。

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2008年2月25日 (月)

昔の英国の入学試験(1)

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 1888年(明治21年)10月、19歳になったばかりのガンジー(モーハンダース・カラムチャンド・ガンディー)は、客船クライド号から英国サウサンプトンの港に降り立った。
 彼はロンドンのインナー・テンプル法曹学院で3年間勉強して、バリスター(法廷弁護士)の資格を取ってインドに帰るつもりだった。

 以下は『ガンディーと使徒たち』pp.126-127から。

  英国に来てから数ヶ月の間、ガンディーは学業にはあまり身を入れなかった。彼はインナー・テンプル法曹学院に学生として登録しただけで、ほかにはほとんど何もしなかった。しかし、ウェスト・ケンジントンの下宿を引き払ってからは、もう少し真剣に取り組むようになった。当時のインナー・テンプルでは学業はほとんど形式的なものだった。学生は標準的な教科書を何冊か読んで、三年後にコモン・ローとローマ法の二科目の試験に合格すればよかった。試験はごく簡単なもので、ほとんど全員が合格した。学生の義務は、このほかに授業料を払うことと「規定の学期間在学する」ことであった。学生は、自分の所属する学院で一学期に六度夕食を取れば在学したものと見なされた。夕食は実際に食べる必要はなく、所定の時間に正装して食卓に着き一時間ほど坐っておればよかった。卒業するためには十二学期間在学する必要があり、一年は四学期だった。試験に合格し規定の学期間在学した後、学生は紳士として法曹倫理規範に従うことを誓い、バリスターの資格を与えられた。

 ガンディーは、法律書に取りかかる前にまずもっと英語の力をつけなければならないと思った。それにローマ法の研究にはラテン語の初歩も必要だった。彼はオックスフォードかケンブリッジに入学することも検討してみた。しかし、インナー・テンプルに籍を置いたまま大学にも行けなくはなかったが、時間と金が足りなかった。彼はその代わりにロンドン大学の入学試験を受けることにした。これはアーメダバードの試験よりもはるかに難しかったから、彼は受験予備校に通った。一八九〇年一月、彼はラテン語、フランス語、化学の三科目の入学試験を受けた。この試験は不合格で、彼は六月に再試験を受けた。今度は化学の代わりに「熱と光」という科目(この方が易しかった)を取り、合格した。

この本は私が訳したのですが、第2段落に誤訳があります。「ロンドン大学の入学試験」というのが間違い。これは「ロンドン大学の入学資格試験」としなければならない。

 原文は
He therefore settled on a London University matriculation--a much more rigorous examination than the Ahmedabad one--and on a cram tutorial school to help him prepare for that.

  matriculationという単語は知っているつもりだったので、辞書を引かなかった。リーダーズプラス英和辞典を引いてみると

matriculation
大学入学[入会]許可, 入学式; 【英】 大学入学資格試験《現在は GCE に取って代わられた》

 とある。GCDを引くと

GCE
【英】General Certificate of Education(一般教育証明書[試験])全国的に行われる試験で, S level, A level とそれより低いO levelがあったが, O levelは廃止; 大学入学の資格を認定する

 この間違いには、ヘスキス・ピアソンのコナン・ドイル伝を読んでいて気がついた。コナン・ドイルは1875年、ガンジーの15年前に大学入学資格試験に合格している。(続く)

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2008年2月16日 (土)

女王か王妃か(4)

 続きです。要するに

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 まず、英国のチャールズさんの新しい奥さんカミラのことを「コーンウォール公爵夫人」と呼ぶのは、やはり間違いでしょう。
 duchessを反射的に公爵夫人としてはいけない。
 辞書にもちゃんと書いてあります。リーダーズプラス英和辞典

duchess
公爵 (duke) 夫人, 公妃; 女公爵, 《公国の》女公.
 
 カミラさんの場合、強いてどれかを選ぶとすれば、まあ公妃でしょう。
 しかし、夫のチャールズさんは日本式に言えば皇太子なので、妻が「公妃」では本当はおかしい。適切な訳語は「なし」なのだ。
 イギリスと日本では事情が違うのだから、仕方がない。

 もう一つの間違いは次の2箇所だった。
・カミラを女王にするべきかどうか

・彼女(ダイアナ)なら立派な女王になったことでしょう

もちろんQueen=女王であると思いこんでしまうのが、素人の間違いである。これは
ラッセル自伝の誤訳(1)--(5)で触れました。

 Queenには2種類ある。Queen regnantとQueen consortである。「統治するクィーン」と「配偶者たるクィーン」である。女王王妃ですね。
 現在のエリザベス女王や昔のヴィクトリア女王はQueen regnantである。古くはクレオパトラなどがQueen regnantだった。
 エリザベス女王が崩御されて、息子のチャールズさんが即位されるとKing Charlesになる。しかし現夫人のカミラさんはどうやらQueen Camillaにはならないらしい。
 仮にダイアナさんが離婚しないでチャールズ夫人のままなら、チャールズの即位と同時にQueen Dianaができていたはずだ。これはもちろん「ダイアナ女王」ではなく「ダイアナ王妃」ですね。
 
 しかし、次のような場合は、もちろん女王様でしょう。

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2007年10月 8日 (月)

女王か王妃か(2)

 ルクセンブルグという国は、総面積が神奈川県と同じくらい、人口は46万人強(神奈川県は870万人)の小国である。しかし歴とした独立国で、君主がいる。ただし、さすがにこういう小国でKingは名乗れないので、それよりは格下のDukeに大を付けてGrand Dukeを称している。
 モナコはもっと小さい。人口は3万2000人強である。ここの君主はPrinceを名乗っている。
 昔のヨーロッパにはこういう小国がかなりあった。
 たとえば、文豪ゲーテ(1749-1832)は、1775年、26歳の時に、カール・アウグスト大公の招きを受けてワイマール公国に赴き、1783年には事実上の宰相となっている。このワイマール公国は人口6000人程度の小国であった。

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「ワイマール公国」のドイツ語の正式名称はHerzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach。
 カール・アウグスト大公はHerzog Carl-August、あるいはGrossherzog Carl-Augustである。
 Herzogが英語のDuke、GrossherzogはGrand Dukeですね。
 
 しかし19世紀になると、このような小国は存立が難しくなってきていた。

 シャーロック・ホームズのもとに『ボヘミアの醜聞』の事件が持ち込まれたのは、1887年のことであった。
 このときの依頼者は、初めフォン・クラム伯爵と名乗っていたが、実は

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Wilhelm Gottsreich Sigismond von Ormstein, Grand Duke of Cassel-Felstein, and hereditary King of Bohemia

 であった。
 ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモンド・フォン・オルムシュタインは、名前ですと言っておけばよろしい。
 King of Bohemiaは、かなり問題だ。hereditaryという形容詞が付いているのが変だ。「世襲の王」というのだけれど、世襲じゃない、たとえば選挙で選ばれる王なんているか? 
 ボヘミアというのは、現在のチェコの西半分くらいを占める地域である。ボヘミア王家は11世紀に遡る由緒ある王家である。
 しかし、このころはボヘミアはもう独立国ではなかった。もちろん、オーストリア・ハンガリー帝国の一地域である。
 オーストリア・ハンガリー帝国というのは

1867~1918年に、オーストリアとハンガリーが対等の2国家として連合して中心を構成したハプスブルク帝国(かつての神聖ローマ帝国)。領土としては、今日のオーストリア、ハンガリーのほかに、今日のチェコ、スロバキア、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ(1908年併合)、セルビア・モンテネグロ、ルーマニア、ポーランド、イタリアの一部をふくむ広大な領域にまたがっていた。全人口5000万人のうち、2300万人がスラブ諸民族だった。
(Microsoftエンカルタ総合百科辞典)

 民族問題で紛争が絶えなかった。セルビアから第一次大戦が始まったのだった。

 もう独立国ではないボヘミアのhereditary Kingというのは、「本来ならKingになるべき血筋のお方(であるが即位はしていない)」ということを婉曲に言ったものでしょう。

 訳はどうしますかね? 最新の光文社文庫日暮訳では「ボヘミア国歴代の国王」となっている。これはちょっと変だ。「歴代の」を一人の王様の頭にかぶせることはできない。「歴代の王たちはみな……だ」というような使い方ならよろしいが。
 
「カッセル・フェルシュタインの大公にしてボヘミア国正統の国王であらせられるヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモンド・フォン・オルムシュタイン陛下」

 いかがでしょう。正統の(legitimate)国王という言い方も、非正統の(illegitimate)国王があり得るみたいで、本当はおかしいのだ。
 しかし、ここは「もうなくなっている国の国王」を表すために、そもそも原文の英語にかなり無理をさせているのだ。つまり、「本来なら王様になれるはずのお方がなれない、お気の毒に」という意味を、そう露骨にむきつけに(英語ではin so many wordsといいますね)言わないで、ほのめかすという言い方である。(もちろん、「カッセル・フェルシュタイン公国」も、もはやない国である。)

 ワトソンが何としても依頼者の正体を隠そうとしてデタラメを書いたので、「ボヘミア王というのは誰のことだろう?」と憶測を呼ぶことになった。
   ボヘミア王に擬せられたのは、オーストリア・ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフの皇太子だったルドルフ大公をはじめ、大物揃いである。
 しかし、このルドルフ大公は違うでしょうね。1888年秋、30歳のときに、当時17歳の愛人マリー・ヴェッツェラ男爵令嬢と心中して大騒ぎになったからである。この「マイヤーリング事件」は『うたかたの恋』として小説になった。
 1935年にはフランスで映画化された。主演はシャルル・ボワイエとダニュエル・ダリュー。1969年のアメリカ映画は、オマー・シャリフとカトリーヌ・ドヌーブが主演だった。

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 1983年には宝塚でも初演されたようだ。
 このルドルフに代わって皇太子になったのが皇帝の甥のフランツ・フェルディナンドであるが、この人が1914年にサラエボで暗殺されて、第一次世界大戦が始まった。

 イギリスの皇太子じゃなかった、プリンス・オブ・ウェールズであるアルバート・エドワード殿下(後のエドワード7世)ではないかという説も有力だった。

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 この人はドイツなまりもあったし(父君アルバートはドイツ人)、何より大変なプレイボーイだったから、一番の有力候補だった。
 しかし、話が逸れてしまった。「公爵夫人カミラ」はおかしい、そもそも公爵とは――という話をするつもりだった。

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2007年10月 7日 (日)

女王か王妃か(1)

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 ダイアナさんが亡くなられたのは1997年8月31日、葬儀は9月6日に行われた。もう10年前のことなのだ。
 講談社の雑誌『クーリエ・ジャポン』の10月号にアメリカの『タイム』の「ダイアナ妃の真実」という記事の翻訳が出ている。
 翻訳はよくできているが、誤訳が二つある。

チャールズのいかにも満ち足りた様子は、彼の二人目の妻であり、長年の愛人だったコーンウォール公爵夫人カミラに対する世間の冷ややかな視線を変えることにもなった。ダイアナの死の直前、MORIがカミラを女王にするべきかどうかという世論調査を行ったところ、賛成した人はわずか15%だった。

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 太字にしたところが誤訳。原文を見ないでも間違いと分かるはずだ。もう1箇所、ダイアナについての

「彼女なら立派な女王になったことでしょう。」

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 にも同じ間違いがある。(しかし、僕はダイアナさんはどうも、もう一つアレですね。カミラさんの方が好みだな。チャールズさんは趣味がいい。しかし、あまり不敬なことを書くと、殺しの番号を持ったボンドみたいなのを差し向けられるかも知れない。桑原、桑原。)

 まず、「コーンウォール公爵夫人カミラ」について。原文には

Camilla, the Duchess of Cornwall

と書いてあったのだろう。辞書で引くと、Duchess=公爵夫人だからといって、「公爵夫人カミラ」と訳するのは、ちとお粗末。公爵夫人ならば公爵の奥さんのはず。カミラさんのご主人はもっと偉い人だ。

Caricharles

 もちろんイギリスの皇太子である――と言うとこれが間違いなのだから、面倒だ。
 チャールズさんは、エリザベス女王の跡継ぎだけれども、「皇太子」ではない。皇太子というのは、日本のように「天皇」の跡を継ぐか、それとも「皇帝」の跡を継ぐ人を指す。

 英語では天皇も皇帝もEmperorである。現在Emperorは世界に一人しかいない。現在の天皇陛下である。
 20世紀まで残っていた皇帝は、ドイツ皇帝(ヴィルヘルム2世が1918年に退位)、ロシア皇帝(ニコライ2世が1917年退位、1918年殺される)などである。エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝(1892-1775)は1930年から1974年まで在位した。この後エチオピアは共和制になり、全世界でEmperorは日本の天皇だけになった。

   EmperorとKingはどう違うか? やかましく言うと面倒であるが、要するにEmperorの方が偉いのですね。日本の天皇は、7世紀に例の「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」という国書を隋の皇帝に出して以来、対外的には「皇帝」ということになっている。

 チャールズさんは、王になるのだから皇太子ではなく「王太子」である。
 イギリスではPrince of Walesという。
 これはウェールズ地方を支配する領主という意味である。もちろん、親である女王や王が英国全体を支配しているのだから、名目的なものである。
 一国の君主たるPrinceには、たとえばモナコのプリンス、アルバート2世がいる。この人は禿げているけれど、こう見えてもグレース・ケリーの息子です。

Princesofmonacoandwales

 モナコのような小さい国はprincipality (princedom)といい、その領主がprinceである。
 英国はkingdomでKingが君主である。

 さて、カミラさんはPrince of Walesたるチャールズさんの配偶者なのだから、本来ならばPrincess of Walesになるべきところである。ところがいろいろごたごたがあったので、ちょっと遠慮してDuchess of Cornwallを名乗ることになった。
 英国王(女王)の長男にはPrince of WalesとともにDuke of Cornwallの称号が与えられる。これは、Cornwallの領主という意味である。もちろん、これも名目的な称号である。
 ヨーロッパ大陸ではDukeが独立国である「公国」(duchyまたはdukedom)の君主だったことがある。現在も残っている公国は、ルクセンブルグ大公国Grand Duchy of Luxembourgがある。左の人物がルクセンブルグ大公国の君主、アンリ大公Grand Duke Henriである。

300pxhenri_of_luxembourg_and_lionel

 話を戻すと、チャールズさんにはPrince of WalesとDuke of Cornwallという二つの称号があって、前者の方が格上である。
 ダイアナはチャールズと結婚してPrincess of Walesになった。
 カミラもPrincess of Walesになってもよいはずであるが、遠慮してDuke of Cornwallの夫人Duchess of Cornwallを名乗ることになったのだ。これを「コーンウォール公爵夫人カミラ」などというのはやはりちょっとおかしいでしょう。
 もう少し話が続きます。

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2007年9月29日 (土)

英文手紙の書き方(2) 高等編

Prof_kawai

 僕は、アメリカ人と一回会うだけだったらアメリカ的にやります。一々説明するのは面倒くさいから、パッパとやっているけれど、友だちになっていくほど、日本的な接し方とか、日本人はこうするのだということを教えていくわけです。それも冗談半分でやるんだけど、たとえば、ボスナックさんから手紙が来て、”I want to……”と手紙が来たら、ボスナックさんに、「われわれ日本人はこんな失礼な手紙は絶対に出さない。手紙の初めから、私はこうしてほしいなど日本人は絶対に言わない」と言うんです。そしたら「いったいどうするのか」と言うから、「まず、春暖の候……いうて書くんや」と(笑)。そうでしょう? そういうことを書いて、それからおもむろに、「陳ぶれば」という言葉があって、そこからお願いとかが始まるのです。
 そこで何とか説明する。私という人間と、あなたという人間がいて、「私はあなたに……して欲しい」という手紙の出だしは駄目なんやと。私とあなたは、この春という世界に一緒にいる。だから、まず「春暖の候」といわなくてはいけない。その状況のなかで二人が生きていることを確認してから、「ところで」といわなくてはいけないのだと言うたら、「すごいな、やはり日本人はすごい」と。次にボスナックさんから来た手紙には、"Spring has come……”とか書いてあるんですよ。「へえ!」というようなもので。「あなたもだいぶ礼儀正しくなった」と冗談を言ったりするんですが、そういうことを通じて彼は日本人を知っていく。

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2007年9月16日 (日)

英文手紙の書き方

 翻訳業の仕事の一部に商業用の手紙の英訳がある。

 拝啓 貴社益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

 この書き出しは省略してよろしい。これはだいたい共通了解になっている。
 拝啓の代わりにDear Mr.……と書く。貴社益々以下は省いて、すぐに用件に入る。
 商業用の英文手紙では、用件を「見出し」として書くこともある。Re ……という形を使う。「……に関する件」という意味である。たとえば初めに

  Re Vampires

 と書いてあれば、「なるほど吸血鬼の話だな」とすぐ分かるので便利だ。ニンニクや十字架を準備すればいいわけだ。

Glass5

  吸血鬼に関する件
 拝啓 弊社顧客、ミンシング・レインの茶仲買商ファーガソン・アンド・ミュアヘッド商会のロバート・ファーガソン氏より、本日付け書簡にて吸血鬼に関して照会を受けました。弊社専門は機械類の査定であり上記の件は営業範囲外であるため、ファーガソン氏には本件を貴殿に御相談なさるよう勧告させて頂きました。マティルダ・ブリックスの件における貴殿の功績は失念しておりません。

Suss01

 簡にして要を得た手紙ですね。ちなみにマティルダ・ブリックスは女の名前ではない。スマトラの巨大ネズミに関わる話であるが、シャーロック・ホームズは、まだワトソンに話すには時期尚早だと考えていたらしい。サセックスの吸血鬼の原文はこちら
 
 ところが、我々が英訳させられる手紙では、肝心の用件がどうも要領を得なくて困ることがある。たとえば「コンサートの開催が遅れる」ことを取引先に通知するのに、次のように書く人がいる。

[悪い例]
 残念ながら、今月末に開催予定であった次回コンサートの劇場に重大な欠陥が見つかりました。予定販売数を上回るチケット販売には本当に感謝しています。欠陥は、最初、山口営業部長が発見しました。換気装置が時折、突然止まることに偶然気づいたそうです。しかも、止まるときに、観客席にも聞こえるような、かなり大きい不快な音が鳴ります。……

 こんな手紙を本当に書く企業人がいるのか? 実際にいるのだ。本当に困る。
 これは私が訳した実例ではない。機密保持契約があるので「こんなアホがいる」という話はできない。
 これは日経ビジネス人文庫『電車で覚えるビジネス英文作成術』のp.30に出ている例です。
 
  [改善例]
 大変申し訳ないのですが、今月末開催予定の次回コンサートを延期しなければならなくなりました。この延期で大変なご迷惑がかかってしまうことを心よりお詫び致します。延期の理由は次の2点です。
① Moon Light劇場の欠陥
② パンフレット印刷の遅れ

 この本は題名通り英文の書き方の本なので、悪い例も改善例も、まず英語が書いてある。
 著者の藤沢晃治氏はよくできる人で立派な英語だと思う。ただし「電車で覚える」はちょっと誇大広告。電車の中で薄い本を読んで英語が書けるようになるはずがない。
 しかし

「まず要点、次に説明を書く」
これが、ビジネス英文の大原則
     

  という同書p. 28の「大原則」は、英語でも日本語でも同じだ。拳々服膺してもらいたいものだ。
 日本語で筋の通った手紙を書いてもらえれば、専門家が英語に直します。元の日本語が駄目ならばいくら翻訳者が頑張っても駄目である。まず日本語がちゃんと書けなくては駄目だ。英語以前の問題だ。

 英文和訳と和文英訳の両方の経験から言うと、手紙に限らず、マニュアルでもプレゼンテーションの原稿でも、ビジネス文書は英語で書かれたものの方が日本語のものより概して優れているようだ。
 英語の文書はふつうに翻訳すればたいてい読んですぐ分かるものになる。日本語の文書は、そのまま英語に訳したのでは「何を言いたいのかさっぱり分からない」ということになることが多い。
 上の「悪い例」は、一つ一つのセンテンスは文法的にも語法的にも正しい英語に訳してあるが、英文の手紙として出せば、まず読んでもらえないだろう。
 和文英訳の前段階として「和文和訳」が必要になることが多い。それでセンテンスの順序入れ替えから始まって大規模な脱構築を行うことになる。
 ところが、ものすごく偉い人の書いた文章だと、「意訳はまかりならぬ。直訳せよ」と厳命が下る場合がある。
 例の「美しい国」の話なども、多分そうだったと思う。翻訳者は苦労しただろうな。

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2007年8月30日 (木)

翻訳の馬鹿防止(2)

 産業翻訳と出版翻訳とどこが違うか? 損得がからむかどうかだ。

 バートランド・ラッセルの『人類に未来はあるか』は1962年に初版第1刷が出て、1980年まで18年間で実に23刷を数えた。ところが

今までのうちに、世界のことごとくの人が、過去の水爆実験から少量の放射能をその体内に宿している。つまり「出来たての」ストロンチウムを骨と歯に、「ほやほやの」沃素を甲状腺にやどしている。

 なんて滅茶苦茶な日本語に苦情を申し立てた人は一人もいなかった。随分たくさんの人が読んだのに、別宮貞徳氏が欠陥翻訳時評で取り上げるまで、誰も指摘しなかった。(誤訳迷訳欠陥翻訳(4)参照)

 人類に未来はあるか? なかなか重大な問題ですな。しかし、そんなこと考えても仕方がないでしょ。まあ、なるようにしかならんのとちゃいますか? それより、あんた、儲かるかどうかが大切ですがな。
 誰一人、本気で読んでいなかったのだ。「出来たてのほやほやだって? 肉まんあんまんの話か」とねじ込んで来る読者はいなかったのだ。
 
 損得がからむと読者は一字一句本気になって読む。
 もう10年くらい前に短い契約書の英文和訳をしたことがある。簡単な仕事だった。シャーロック・ホームズに「パイプ三服分の問題」という言い方があるが、これはまず「マイルドセブン二本分の仕事」だった。*It was before breakfast for me. (私にとっては朝飯前であった――この英語はウソ)

 Redh06
すぐに仕上げて忘れてしまったが、数日後アメリカから国際電話がかかってきた。
「これから契約を締結するのだが、訳文に一箇所曖昧なところがある。二通りに解釈できるがどちらであるか、ご教示願いたい」
 読み直してみると、どうも不適訳であった。冷や汗をかきながら弁解して原文の意味をあらためて説明した。
「いや、ありがとう。よく分かりました。何しろ百万ドルの取引なんでねえ」
 こちらは数千円しかもらっていないのに。

 ラッセルでもアダム・スミスでもガルブレイズでもエーリッヒ・フロムでも、誤訳迷訳欠陥翻訳があっても誰もお金を損するわけではないのだ。だから奇特な人が指摘するまで間違いがまかり通ることになる。
  シャーロック・ホームズの牧師か神父かの違いなんぞはもっとひどい。延原訳の間違いが60年以上経った日暮訳でも直っていない。何十万人もが読んでいるはずなのに。

  馬鹿防止という考え方がないのだ。編集者は何をしているのだ?

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2007年8月28日 (火)

翻訳の馬鹿防止(1)

 ふつうは英語でFoolproofと言いますね。
 Waterproofならば防水だ。しかし「防馬鹿」では分かりにくい。馬鹿防止と言えばよろしい。

 馬鹿防止の考え方を具体化したのが、たとえば鉄道のATS(Automatic Train Stop)だ。JR西日本の脱線事故は、これが働かなくて大変なことになった。あれは装置のせいではない。首脳部が悪かったからだ。

 翻訳ではふつうは間違ったからといって人は死なない。それでも誤訳一つで何億円も吹っ飛ぶことがある。
 たとえば、この間

「法人税法第何条にかくかくとあり、昭和何年国税庁通達第何号にしかじかとあるから、この費目は非課税で、また別のこの費目は課税対象である」

 などという文章を英語に訳した。

 私の書く英語が間違うと、どこかの会社が無駄な税を払ったり納税漏れで追徴金を取られたりして、何億円も損をする。責任重大である。その割りには大した報酬はもらっていないのが遺憾である。
 私はもちろん間違ってはいけないぞというつもりで書いているが、絶対に間違わないとは言い切れない。だから馬鹿防止の考え方を取り入れて、必ず訳文をチェックする人がつく。
 和文英訳の場合は、英語のネイティブスピーカーが英文をチェックし、日本人が原文と照らし合わせて訳し漏れや誤訳がないかを調べる。
 もう長年やっているからそう無闇に間違いはしない。それでも母語ではない英語を急いで書くので、間違いが出てしまうことがある。

 以前に滋賀県の観光案内を英訳したことがある。
「井伊の赤備え」
 というのが出てきた。私は司馬遼太郎を読んでいるから、これはすぐに
「井伊家の侍は全員が赤い鎧を着ていた」
 と書けばよいことは分かった。ところがred armorsと書いてしまったのである。
 もちろんred suits of armorと書かなければならない。
 シャーロック・ホームズの『ギリシャ語通訳』で、通訳のメラス氏が連れて行かれた部屋にはa suit of Japanese armourが飾ってあった、というのは読んでいるから、これくらいのことは分かっているのだ。締切にせかされるとつい間違えるのだ。しかし、こういう間違いはネイティブチェッカーが直してくれるので安心である。

 日本人のチェッカーに直されるのは主として訳し漏れである。たとえば、

「動物園には、キリン、シマウマ、ライオン、トラ、パンダ、ゾウ、カモシカが……」

 などというのを訳するときに、カモシカだけは辞書を引かないと訳語が分からない。むかし煙草を吸っていたときは、ゾウまで訳しておいて、一服したものだ。吸い終わるとカモシカを訳することは忘れて先に進んでしまう――ということがよくあった。禁煙してからこういう間違いはだいぶ減ったが、それでも皆無ではない。

 しかし、こういうふうに馬鹿防止の考え方を取り入れているのは、いわゆる「産業翻訳」だけである。出版翻訳では一向にチェック機能が働いていないようだ。どこが違うのだろう? (続く)

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2007年8月21日 (火)

「論座」の翻訳特集

「論座」の9月号が 深化する「翻訳」という特集をしている。

わからないのは読者が悪いのか。
それとも、訳者の技術が未熟なのか。
「難解さ」をありがたがる時代はもう終わった――

 これは編集部製のキャッチコピー。今ごろ何を言ってるの。ちょっと幼稚だね。
 しかし寄稿者の面子は揃っていて、面白い。私がこのブログで取り上げたのと重なるところが多くて我が意を得たりである。

 柳父章氏のインタビュー
 よくテレビのニュースなどで、容疑者のことを「」といって、被害者のことを「女性」といいますね。歴史のある言葉は、良い意味も悪い意味も持ち合わせているからこそ良い言葉なんです。「あれはあいつの女だ」なんて使われ方があるから悪いと思われているのでしょうけれど、「女」は伝統的な言葉で「女性」は翻訳語です。……(シャーロック・ホームズとあの女(3)女、婦人、女性参照)

 別宮貞徳氏のインタビュー、国富論の訳者山岡洋一氏のインタビューもある。

 池上嘉彦氏が「言語学は翻訳の役に立つか」で雪国の英訳を論じている。

 柳瀬尚紀氏(デレッキとは何ですか? 参照)が村上陽一郎氏の問いに答えて、「(文化的背景は)笑いに限っては99%伝えきれます」という。どうもこの人は怪物だね。ユリシーズは買っただけでまだ読んでないけれど、なぜスティーブン・デッダラス(ディーダラスではなく)かが分かっただけでも儲けものだった。柳瀬先生曰く、グローバルは「愚陋張る」だって。

 中条省平氏が村上春樹の翻訳を論じている。チャンドラーのロング・グッドバイの村上訳を清水俊二訳と比べているところが面白い。ぜひ読んでみよう。

 加藤晴久氏は、誤訳迷訳欠陥翻訳を出している出版社の「製造物責任」を問うている。
「いつも言っていることだが、編集者は翻訳書の最初の読者である。編集者が原稿なり校正刷りなりを読んで、理解できない箇所、奇妙な日本語の箇所は、十中八九、誤訳である。相手が大学教授だろうが何だろうが見直しを求めるべきである。これは、翻訳書を買う読者に対する職業倫理上の最低限に義務である」

 まったくその通り。ここで我田引水の宣伝をさせてもらう。
 新評論の敏腕女性編集者Yさんは、この職業倫理に忠実な人だ。ヴェド・メータの『ガンディーと使徒たち』に誤訳が少ない(皆無とは申しません)のは、まったくYさんのおかげである。厳しく間違いを指摘してくれたからだ。

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2007年8月20日 (月)

誤訳迷訳欠陥翻訳(4)

 以前に見た『国富論』の翻訳については、水田洋氏と別宮貞徳氏の間で論争になったのだそうだ。(誤訳迷訳(1)-(3)を見てください)。
 しかし、論争になりようがないのもありました。バートランド・ラッセルの『人類に未来はあるか』理想社(1962年初版。現在はさすがに絶版中)

 これはもうあいた口がふさがらないようなトンデモ訳です。受験英語の初歩くらいのレベルで盛大に間違っている。見事というほかない。以下、別宮先生の挙げる例。

・発生するエネルギーは、光の速度の自乗で繁殖して、失われる質量とつねに等しい……
……the energy generated is equal to the mass lost multiplied by the square of the velocity of light.

[別宮訳] 発生するエネルギーは、失われた質量に光の速度の二乗を掛けたものにひとしい。

 別宮先生曰く。
multipliedがなんと「繁殖した」になっちゃった。squareを「四角」にしなかったのはめっけものかもしれませんな。うちの息子がこれを読んで笑うこと笑うこと。

 先生の息子さんは、このころ高校生だったのだろうか。私も高校生のころは、受験勉強にせっせと辞書を引いてラッセルを読んだものだ。懐かしい。

・そのような死の戦闘へと発展しないよう、保証することのできる大国が、戦争に従事していいものであろうか。

[別宮] なんだかもっともらしいでしょう。ところが原文は

Should the Big Powers engage in war, who can guarantee that it will not develop into such a deadly struggule?

[別宮] ごらんのとおり、高校生、特に受験生にはおなじみの文型でね。辞書をひいていいっていわれりゃ、

 かりに大国が戦争を始めるようなことにでもなれば、このような死闘にならないと誰が保証しえよう。

くらいの訳はたいていしますよ。このラッセルの本を読むほどの学生なら、英語の力はこの訳者に負けないと自信を持ってもいいですね。わからなければ、翻訳がおかしいんだ、と。
[ここまで別宮]

 どうも、ひどいもんですね。別宮先生のコメントはよほど遠慮して書いているのだ。

 この訳者日高一輝氏と出版社理想社のコンビが、『ラッセル自叙伝』3巻(1968-1973)を出していて、これがひどいのですね。間違っていないのは表紙だけといってよろしい。

 The Autobiography of Bertralnd Russellは、1967年から69年に3巻本で出ている。今度1巻本の新版が出たらしい。私はむかしにペーパーバックで読みました。ラッセル(1872-1970)は、もう九十何歳になって怖いものなしで、何でもあけすけに書いている。実に面白かった。一部はこのブログでも紹介しました。(一筆書きの技

 ところが原書を読んでだいぶたってから、図書館に翻訳があるのを見つけた。ちょっとのぞいてみてびっくり仰天した。ところが、いったん訳が出てしまうと結構通用するのですね。エンカルタの百科辞典などに引用してあるのを見つけた。これは公害じゃないか。

 と思っていたら、松下彰良氏のオンライン訳のページを見つけて、このあいだ「ラッセル自伝の誤訳」で取り上げたのです。
 このオンライン訳は日高訳をスキャナーでコピーして、誤訳部分だけ訂正して行こうという方針らしい。
 失礼ですが、私のような職業的翻訳者から見れば、ちょっと見通しが甘い。誤訳の怖さを知らない。
 私などは怖さが身にしみて分かっているのだ。自分でたくさん誤訳をしているからね。

 ――というようなことを考えていたら、「論座」の9月号に翻訳の特集があって、別宮先生も登場しているのを見つけた。その話はまた。

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2007年8月19日 (日)

シャーロック・ホームズの性格(4)

                         S・C・ロバーツ

Holfours

 精神の苦悶の時代が近づいている。我々がこれを通り抜けて、はじめて子孫が生まれるのだ。霊魂は犠牲となり、不滅の望みは消えねばならない。

 ワトソンと知り合ったころ、ホームズの抱いていたのはまさにこういう感情だった。これが根底にあったから、しばしば抑鬱に陥る時期があったのだ。しかし『四人の署名』から十年を経て、『覆面の下宿人』のころになると、ホームズの世界観は随分変化している。彼はこう言った。「If there is not some compensation hereafter, the world is a cruel jest.」*

*どう訳するか? これがむつかしい。
 この翻訳は誰に頼まれたわけでもない。勝手にやっているのだから、適当なところで道草を食う。他の人はどう訳しているか?

 延原謙訳
「そのうちに何かの埋めあわせでもないようなら、この世はあまりに残酷な茶番狂言です」

 高山宏訳
「これから先何か良いことがない分には、人生なんて悪い冗談ですよ。」

 大久保康雄訳
「今後、何かその埋め合わせがないなら、この世は残酷な茶番劇です。」

 小林・東山訳
「もし、この後で、何らかのよいことがないとするならば、世の中などというものは、残酷な冗談です。」

 深町眞理子訳
「もしもこれからの人生で、なんらかの埋め合わせでもなければ、それこそこの世は闇というものですよ。」

 ホームズが「覆面の下宿人」の不幸な身の上話を聞いて、慰めの言葉をかけたのであるが、こういう意味だろうか? 全部違う。読めてませんね。
 当然、当方が間違って恥をかくこともあるけど、そのときはTo err is human.と居直ればよいのだ。

 覆面の下宿人はまったく不幸な境遇だ。生きていれば、そのうちに、これから先、今後これからの人生で、「埋めあわせ」や「何か良いこと」があるか? ない。それは分かった上で言っているのだ。諸氏の訳したような意味ではない。ホームズはそんなおためごかしは言わない。

hereafterをShorter Oxford Dictionaryで引いてみよう。副詞としては

1 After this in order or position.
2 At a future time, later on.
3 In the world to come.

ランダムハウス英和辞典
【1】(時間)以後,これから先,今後,将来;(順序)この後に
【2】来世で,あの世で.
【3】=hereinafter

SODの3番目の意味 In the world to come をランダムハウスでは「来世で、あの世で」と書いている。 SODの例文

You do not merely believe but know that there is a life hereafter.
来世にも生命があると、信じているだけではない、そのことは分かっている、と君は言うのだな。
 

 延原謙訳を少し前から見てみよう。

 不運な女の身の上話はこれで終わったが、私たちはすぐには口をきかなかった。しばらくたってホームズは長い腕をさしのべ、彼女の手を軽く叩き、私でさえあまり見たことのない同情を示していった。
「お気のどくにねえ! 人の運命というものはじつにわからないものです。そのうちに何かの埋めあわせでもないようなら、この世はあまりに残酷な茶番狂言です。ところでこのレオナルドという男はどうなりました?」

 延原訳は全体としてはよくできていると思う。
 ただ、hereafterに「来世」という意味もあることは、英米人ならばすぐにピンと来るのだ。
 だからS・C・ロバーツ氏も、はじめのころはまるでコナン・ドイルみたいな単純な合理主義者だったホームズが10年後には世界観が変わっている――ということを示すためにhereafterの使い方を例に挙げているのだ。

 それではどう訳するか? 
来世で埋め合わせがなければ……」と訳してしまっては間違いでしょうね。翻訳はむつかしい。
 日本語の「来世」と「そのうちに」「今後」「これから先」などとはあくまでも別の言葉だ。
 来世は死後のこと、「そのうちに」は明らかに生きている間、「今後」や「これから先」もふつうは生きている間のことだ。はっきりと区別がある。

 英語では hereafter=ここからあとで という一つの単語が

1.基本的には、「順序や位置があとで」という意味、
2. 時間的にあと、すなわち「将来に」という意味(だいたいは生きている間)、
3. キリスト教では霊魂不滅だから、「死んでからの将来に=来世に」

 という重層的な意味構造を持っているのだ。

“Poor girl!” he said. “Poor girl! The ways of fate are indeed hard to understand. If there is not some compensation hereafter, then the world is a cruel jest. But what of this man Leonardo?”

「かわいそうに。かわいそうに。まことに天命は計りがたいのです。しかしいつかは埋め合わせがある。そうでなければ世界は残酷な笑劇だ。ところで、このレオナルドという男のことですが、どうなりましたか」

 自分で訳してみるとむつかしい。
 ただ「そのうちに何かいいこともありますよ」という脳天気だけは絶対駄目だ。
 いつかは=hereafterでないことは言うまでもない。ここでは一語で上述の三層の意味を持つ日本語はない。
 しかし、ホームズも、人知を越える計らいを信じたくなっているのだ。

 物語の終わりの部分。

Veil03

「あなたの命はあなたのものではない。それは手放しなさい」
「この命が誰かの役に立ちまして?」
「神のみぞ知る、です。苦難に耐える生活自体が、我慢の足りぬ世界に対する教えなのです」
 女の返事は恐るべきものだった。ヴェールを上げて、明るい方へ歩み出てきた。
「あなたなら我慢できて?」
 慄然。その顔の輪郭は説明できない。顔自体がないのだ。生気のある美しい褐色の眼が怖ろしい廃墟から悲しげに光っている。これが一層凄惨だった。ホームズは片手を上げて憐憫と拒絶の素振りを示した。我々は部屋を出た。

 二日後、私がホームズを訪ねると、彼は幾分か誇りをこめてマントルピースの上にある青い小瓶を指さした。私はそれを手に取ってみた。毒物を示す赤いラベルが貼ってある。開けるとアーモンドの芳香がした。
「青酸か?」
「その通り。郵便で来たのだ。『我が試みをお送りいたします。ご忠言に従うつもりでございます』とあった。これを送ってきた勇気ある女性の名は、分かるだろう、ワトソン」

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2007年8月 3日 (金)

ラッセル自伝の誤訳(5)

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(バートランド・ラッセルと父ジョン・ラッセル)

 両親は兄のために、D.A.スポルディングという、かなり科学的能力のすぐれた家庭教師を雇った。ウィリアム・ジェームス(著)の『心理学』のなかでの彼(スポルディング)の著書への言及からみて、すくなくとも私はそう判断する。
 スポルディングは、ダーウィン進化論の信奉者であり、ニワトリの本能の研究に従事していたが、彼の研究を助けるため、応接間もふくめ、家中のどの部屋を使い荒らしてもよいという許しを得ていた。彼は当時、肺結核の症状がかなり進んでおり、父の死後ほどなく亡くなった。  
 純然たる理論的根拠から、明らかに父と母は、彼(スポルディング)が肺結核の故に子供をもつべきではないが、さればといって独身で暮らすよう求めるのも正しくないと結論していた。それで母は、彼が一緒に暮らすことを許した。けれども、そうすることによって母が、幾らかでも楽しかったかというと、全然そのような形跡は見当たらない。いずれにせよ、せっかくこのように配慮をしても、それもほんの短い間しか続かなかったのである--というのは、それも私が生まれた後始まり、私が二歳になったばかりで母が亡くなられたからである。

 太字のところが間違っている。まったく何も分かっていない。これではラッセルを読む資格なんてないでしょう。
 この箇所は、日高一輝訳でとんでもない誤訳があったのを、松下氏が一応は直したのです。しかし、これではまだ駄目です。

 まず原文。「純然たる理論的根拠から」以下に相当する部分。

Apparently upon grounds of pure theory, my father and mother decided that although he ought to remain childless on account of his tuberculosis, it was uufair to expect him to be celibate. My mother therefore, allowed him to live with her, though I know of no evidence that she derived any pleasure from doing so. This arrangement subsisted for a very short time, as it began after my birth and I was only two years old when my mother died. 

 スポルディングは肺結核だから子供は作るべきではない。しかし、一生女性に縁がないままでいろというのはアンフェアである――父と母は、まったく理論的根拠からこういう結論に達したらしい。それで、母が、スポルディングとベッドを共にしてやることにした。母がそこから何らかの快楽を得たという証拠はないのであるが。この取り決めは短期間しか続かなかった。私の誕生のあとに始まったのであり、母は私が二歳のときに亡くなったから。

 live withというのは日本語の「同棲する」に似た婉曲表現です。ラッセルも、まさかこんな読み違いをする読者がいるとは思わなかっただろう。
 住み込みの家庭教師だから「一緒に暮らす」のは当たり前です。別に変ではない。
 ラッセルの父母は、夫婦でよく相談して
「あのスポルディングさんは、独身のまま死ぬなんて可哀想だ。だから、妻の私があの人と寝てあげることにしましょう。それが理論的に正しいのだ
と決めたのです。
 好色だから浮気するというのはヴィクトリア朝の英国にも、もちろんあった。しかし「正しいから」という理由で夫婦同意の上で婚外交渉の取り決めをするというのは破天荒であった。
 1876年にラッセルのお父さんが亡くなったあとで、このことが暴露されて一大スキャンダルになった。
 それでお父さんが遺言で決めておいた子供の養育権者(友人)が裁判で取り消されて、ラッセルはお祖父さんの邸宅、ペンブローク・ロッジに引き取られることになった。

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 ラッセルの両親はジョン・スチュアート・ミルの弟子で徹底した合理主義者だった。「理論的に考えて正しいことは万難を排して実行すべきだ」と考えていた。
「千万人と言えども我行かん」という気概があった。ラッセルは両親の血を受け継いでいるから、大哲学者になり、政治的にも極端から極端に走った。どう極端だったかというと――

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ラッセル自伝の誤訳(4)

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(母とラッセル)

 私はM.マッツィーニの崇拝者ではなく、彼の性格と主義主張は全く嫌いであり、憎悪しています(注:M は G の誤植だろうか? 即ちマッツィーニというのは、ジュゼッペ・マッツィーニ(Giuseppe Mazzini, 1805-1872)のことだろうか、それとも別人だろうか?)。その上、私が占めている公的な地位を考えれば、彼との文通の橋渡し役をつとめることはできません。

 これは実に珍妙な誤解である