官僚も松下政経塾も信用できないが――政治家の資質について
どういう人が政治家としてふさわしいのだろうか?
今回の永田議員や西澤孝をめぐる騒動であらためてこれを考えた。(永田君、決闘しよう 参照)
といっても、私自身、政治にそれほど関心があるわけではない。自分で政治家になろうなんて、もちろん考えたことがないし、政治家の知り合いもいない。
政治家というのは普通の人では駄目だろうと思う。
むかし、京極純一教授の政治学の講義を聴いたことを思い出す。
京極先生はたしかこうおっしゃったと思う。
「諸君の大部分は政治家にはなれない。私(京極)も政治家にはなれない」
なぜ政治家になれないかというと、まず第一に
「政治家というのは、モノ疲れ、コト疲れ、ヒト疲れしない人間でなければいけない。たいていの人はこの点で政治家失格である」
政治家というのは、まず異常にタフでなければやって行けない。
普通の人なら、一日に何十人もの人と名刺交換したり握手したりする生活をすれば、すぐ神経が参ってしまうだろう。そういうことが平気である、むしろ快感であるという体質が、政治家の資質としてはsine qua nonである。
その上で、さらにどのような資質が必要か。そのような資質は、どのような経歴を積むことによってはぐくまれるのか。
というようなことを考えるために、今回問題になっている方々の経歴を見てみよう。インターネット上で利用できるフリー百科辞典、ウィキペディアの記事を引用する。
どなたがお書きになったのか、なかなかよくできている。筆が立つ人はいるものだ。
まず永田議員。以下ウィキペディアの記述です。とびとびに引用する。
永田 寿康(ながた ひさやす、男性、昭和44年(1969年)9月2日 - )は、平成期の日本の政治家。衆議院議員(3期)。愛知県名古屋市出身。
衆議院議員 永田 寿康
生年月日 昭和44年(1969年)9月2日
出身地 愛知県名古屋市
最終学歴 東京大学工学部
学位 工学士
前職 衆議院議員秘書
国家公務員(大蔵省)
現職 衆・
世襲の有無 無
選挙区 比例南関東ブロック(千葉2区)
当選回数 3回
所属党派 (民主党→)
無所属(党籍停止)
党現職 -
会館号室 衆・第1議員会館435号室
ウェブサイト 民主党 永田ひさやす : オフィシャルサイト
平成の爆弾男
2000年11月20日、国会壇上の松浪健四郎議員(当時)から水を浴びせかけられている。一部では永田が松浪議員に「(扇千景と)何発やったんだ?」と野次を飛ばしたことが原因との情報が流れたが、永田自身は「最前列で森喜朗首相ではだめだと何度かやじり、そのたびに松浪議員からにらまれた」という。
2005年12月18日、八千代市内での国政報告会で耐震強度偽装問題に触れ、「住民は火をつけたくてしょうがない、阪神大震災では激甚災害指定欲しさに被災者が火をつけてまわった」等と発言。発言内容を完全録音したCD-ROMを入手した東京スポーツの取材に対し、事実を認め謝罪した(東京スポーツ2006年1月8日付1面)。
ウィキペディアはこう書いているのだが、本当だろうか? あまりにひどいのでちょっと信じられないのだが。何だか、こうしてコピーするだけで私の品位(笑)に関わるような気がする。しかし怪しい「格闘家」西澤孝とコンビを組むにはちょうどいいくらいだという感じもする。
次は前原誠司さん。これもウィキペディアから
前原 誠司(まえはら せいじ、男性、昭和37年(1962年)4月30日 - )は、平成期における日本の政治家。衆議院議員(5期)。京都府京都市左京区出身。民主党代表。松下政経塾第8期生。
衆議院議員 前原 誠司
生年月日 昭和37年(1962年)4月30日
出身地 京都府京都市左京区
最終学歴 京都大学法学部卒業
学位 法学士
前職 京都府議会議員
現職 衆・国家基本政策委員会委員
世襲の有無 無
選挙区 京都2区
当選回数 5回
所属党派 民主党(前原グループ)
党現職 代表
京都府総支部連合会常任顧問
会館号室 衆・第1議員会館601号室
ウェブサイト 前原誠司-ホームページ-
京大受験に失敗し浪人時代に偶然立ち読みした本(高坂正堯 著『国際政治』)により国際政治における"歴史上のプレーヤー"に憧れることになる。師にあたる高坂正堯京大教授の「外交官は京大出身では偉くなれない」「学者になるほど頭はよくない」「大学院に行くつもりで松下政経塾に行ってこい」とのアドバイスで政治家としての道を志すことになる。
1993年の第40回衆議院議員総選挙で日本新党から立候補して初当選、以後民主の風(院内会派)、新党さきがけ、民主党に在籍する。
選挙区民の間ではもう少し苦労が必要との声が絶えない。特に平成8年(1996年)の衆議院選挙に比例代表で当選して以来、その声は内なる声として選挙区中に内包されている。平成8年以前の前原が常日頃言っていた事は、「政権政党に入らなければ、自分の政策が実現できない」ということであり、この考え方は彼の根本に根ざしているものである。その時々の世論の動向にあわせて様々な政党を渡り歩いてきたことは、まさにその表れといえよう。ただ、選挙区民の期待として、「もう少し選挙で苦労して、自己の政治的バックボーンを確立する必要がある」という声があるのも事実である。
前原の代表就任には、民主党が一気に代表を若返らせたことから、読売新聞などの巨大メディアが、“新代表はジャニーズ系”、“永田町の郷ひろみ”と報じ、話題を呼んだ。
どうも、やれやれという感じですね。
それでは、もと官僚や松下政経塾でないとすると、どういう経歴があり得るか?
たとえば、小泉純一郎首相は、これもウィキペディアを引用すると、次のような経歴です。
小泉純一郎
生年月日 昭和17年(1942年)1月8日
出身地 神奈川県横須賀市
最終学歴 慶應義塾大学経済学部
学位 経済学士
前職 書生(会社員)
現職 内閣総理大臣
世襲の有無 3世
祖父・小泉又次郎(衆議院議員)
父・小泉純也(衆議院議員)
選挙区 神奈川11区
当選回数 11回
所属党派 自由民主党(無派閥 - 森派)
※党三役は派閥離脱
党現職 総裁
会館号室 衆・第1議員会館327号室
ウェブサイト 首相官邸
1942年1月8日 - 神奈川県横須賀市に小泉純也 芳江の長男としてうまれる。
1960年3月 - 神奈川県立横須賀高等学校を卒業。
1962年4月 - 慶應義塾大学経済学部に入学。
1967年5月 - 同大学を卒業。
1967年 - ロンドン大学へ遊学(1964年からとする説もある)。
1969年 - 父純也の死亡に伴い急遽帰国、衆議院議員選挙に立候補するも落選。福田赳夫の自宅で書生となる。
1972年12月 - 前回の雪辱を果たし衆議院議員に初当選、以後連続当選。厚生大臣、郵政大臣などを歴任する。
~1974年11月 - 会社員(厚生年金にも加入)として勤務。
1979年 - 大蔵政務次官に就任。(大平正芳内閣)
1988年 - 厚生大臣に就任。(竹下登内閣)
1992年 - 郵政大臣に就任。(宮澤喜一内閣)
1995年 - 自民党総裁選に出馬。橋本龍太郎に敗れる。
1996年 - 厚生大臣に就任。(第二次橋本龍太郎内閣)
1998年 - 自民党総裁選に出馬。小渕恵三に敗れる。
清和会(森派)会長に就任。
2001年4月24日 - 3度目の挑戦で、自民党総裁に選出される。
2001年4月26日 - 高支持率で第87代内閣総理大臣に就任。
祖父と父が政治家ならば、もちろん松下政経塾などに入る必要はない。無理に東大へ行って官僚になる必要もないだろう。
しかし世襲ならば安心かというと、無論そんなことはない。祖父と父が政治家であるのは小泉氏の責任ではないが、そういう経歴でなければ政治家になりにくいというのも少し困るだろう。
昔の政治家はどういう経歴だったか? 日本の初代首相は1885年(明治18年)に就任した伊藤博文(1841-1909)である。
経歴はご存じの通り。周防国の百姓の長男として生まれ、松下村塾に学び、攘夷の志士として奔走した。白刃の下をくぐってきたのであって、現代の政治家とは鍛え方が違うだろう。
女好きで有名で、現代ならかなりの騒ぎになってるだろう。宇野宗佑氏などとは比べものにならない。
しかし、そんなことはもちろん問題にならない。夏目漱石の前の千円札に肖像が使われるだけの実績は十分に上げているのだから。
しかし、現代の政治家に伊藤博文のような特別の経歴、特別の資質を求めるわけにも行かない。もう少し、普通の人ではないとしても、普通に近い人でなければいけない。
どういう人を政治家にすればいいのだろう?
4月1日付記
前原誠司氏の代表辞任会見を見て驚いたのは、彼の表情だ。普通なら悄然とするものだが、まるで「颯爽としている」と言ってもよいくらいだった。
小泉首相が「前原さんはまだ若いのだから、これからも大いに活躍してもらわなくては」とお世辞を言った。ひょっとしたら前原さん本人が本気で「これからも大いに活躍」するつもりなのではないか? 恐ろしいことだ。
普通じゃないのは民主党だけではない。
橋本龍太郎氏が中国を訪問した。どういうつもりか。
私が胡錦涛ならどうするか?
まず「橋本閣下、お友達の村岡さんが無罪になられたそうで、おめでとうございます。これから閣下も大変かも知れませんが、頑張ってください」と激励する。
橋本さんのことだから、これくらいではあの冷静な顔を崩さないかな。
それなら
「その節は私どもの公安部の某が大変お世話になりました。彼女もおかげさまで元気でやっております」と言う。
この二つは実際に胡錦涛本人じゃなくても中国側としては絶対に言うと思う。
昔の政治家ならどうだろう? 伊藤博文……………司馬遼太郎…………
……の部分はご自分でお考え下さい。私は説教は苦手なので。でも、『坂の上の雲』を読んだ人なら、だいたい同じことを考えるはずだ。
もしあの時代の政治家が今みたいだったら、このブログもロシア語になっていたかも知れない。
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