2009年11月16日 (月)

事件に巻き込まれた?

 近ごろ、テレビでは殺人事件や誘拐事件の被害者のことを
「警察では○○さんが事件に巻き込まれたものとみて捜査しています」
 などという。
 日本語の間違いだ。「巻き込まれる」というのは全然別のことのはずだ。
 広辞苑で「巻き込む」を引いてみよう。

まきこむ【巻き込む・捲き込む
(他五)
①巻いて中へ入れる。
②仲間に引き入れる。まきぞえにする。「騒動に―・まれる」

まきぞえ【巻き添え】
①他人の罪に関係して罪をこうむること。連座。また、他人の事件に巻き込まれて損害を受けること。かかりあい。そばづえ。江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)「ほんの―で難儀さ」。「―を食う」
②入質(いれじち)の時の要求金額に対する担保の不足分を補う、たしまえ。浄、反魂香「―がいるならば、わしが繻子の帯もあり」

「事件に巻き込まれる」というのは、『北北西に進路を取れ』のケーリー・グラントみたいな目に遭うことだ。
 
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 どうしてこうなったか。
 ケーリー・グラントは何の用があったのか、国連本部へ行ってそこで

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 腕の中に男が倒れかかってくる。背中にナイフが突き刺さっている。思わずそのナイフを抜いてしまう。すると

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「こいつが犯人だ」と言われて、逃げるはめになる。他人の事件に巻き込まれたのだ。

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 ラシュモア山にまで逃げて

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 最後は結構なことになるのだった。一度巻き込まれてみたい。

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2009年11月 5日 (木)

悪女か毒婦か

 週刊新潮の広告を見ると、例の34歳の女のことを『「毒婦」のグロテスク人生』という特集記事にしている。
 毒婦なんて言葉はひさしぶりだ。毒婦高橋お伝というのがいた。大昔の話だ。

高橋お伝(嘉永元年(1848年) - 明治12年(1879年)1月31日)は仮名垣魯文の「高橋阿伝夜叉譚」のモデルとなった女性である。上野国利根郡下牧村(現群馬県利根郡みなかみ町)出身。「明治の毒婦」と称された。
(以上ウィキペディアより。以下も同じ)

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・1848年 誕生、生後すぐに養子に出される(生年を1850年・1852年とする説もある)。
・1867年 高橋浪之助と結婚
・1872年 高橋浪之助がハンセン病発病後死去。毒殺などと言われるが実際には彼女は看病しており、当時の「毒婦物」の流行の為に脚色されたに過ぎない。その後小川市太郎と恋仲になる。
・1876年8月27日 東京・浅草蔵前で金を目的に古物商後藤吉蔵を殺害。
・1876年9月9日 強盗殺人容疑で逮捕、裁判で死刑判決が下る。
・1879年1月31日 市ヶ谷監獄にて死刑執行。8代目山田浅右衛門により、日本における女性死刑囚最後の斬首刑に処された。墓所は谷中霊園、なお、墓は、小塚原回向院にも、片岡直次郎・鼠小僧・腕の喜三郎の墓に隣接して墓石が置かれている。

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 死刑執行の年1879年(明治12年)のうちに、河竹黙阿弥が歌舞伎『綴合於伝仮名書』に仕立て、新富座で上演された。高橋お伝には五代目尾上菊五郎が扮した。同じ年に仮名垣魯文の小説『高橋阿伝夜叉譚』も刊行。
 映画は1958年中川信夫監督『毒婦高橋お伝』など多数。

 この34歳の女は少々桁外れなので、週刊新潮も「毒婦」なんて言葉を復活させたのだろう。「悪女」では足らない。
 それに「女の悪人」という意味で「悪女」を使うのは間違いだ。

広辞苑
あくじょ【悪女】
①性質のよくない女。
②顔かたちの醜い女。醜婦。

 これは広辞苑が間違っている。斎藤秀三郎の和英大辞典

あくじょ〔悪女〕〈名〉An ugly woman; a plain woman; a homely woman
◇悪女の深情け The plainer the woman, the fiercer the love.

「平凡な/家庭的な女」がなぜ悪女かなどと言うなかれ。plain/homelyはuglyを婉曲に言っただけだ。

 女性解放への努力によって、女も男と同様に悪人になれるようになったのは、まことに慶賀すべきことであります。その結果、女の悪人を「悪女」と呼ぶようになったのであります。本来は間違いなのですが、広辞苑ももはや大勢に抗しがたしと見て、この用法を認めたのでしょう。
 むかしの日本の女は「女の悪人」になるだけのエネルギーがなかったのです。ごく稀に女の悪人が出現すると、男はびっくりして「毒婦」と呼んだのであります。
 男女共同参画ばんざい。

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2009年10月25日 (日)

東アジア共同体

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東亜細亜の共存共栄のために八紘一宇の精神でがんばりませう。All eight corners of the world under one roof.
日本國民も盛大なる大會に結集して鳩山首相を応援しております。

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2009年10月13日 (火)

中国は崩壊するか(3)

 暴力装置を独占していて容赦なく使う覚悟があれば、政権はまず崩壊しない。少々人が死んだくらいでは平気だ。
 鄧小平は、天安門事件に懲りて、人民解放軍とは別に人民武装警察部隊を作った。これは二百数十万人以上いるらしい。武器を持たない市民に対して戦車を出す必要はないのだ。

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 1958年に毛沢東が始めた大躍進政策によって、中国は1960年まで3年連続の大飢饉に見舞われ数千万人の餓死者が出た。毛沢東は1959年の廬山会議で失墜し、劉少奇(国家主席在任1959-68)や鄧小平が主導権を握った。これに反撃するために毛沢東が開始したのが文化大革命である。

1965年11月 姚文元、京劇『海瑞罷官』批判論文で文革の端緒となる
1966年5月 紅衛兵結成
1969年4月 第9回党大会で林彪の政治報告
1971年9月 林彪事件
1972年2月 ニクソン訪中
1973年8月 四人組が中央委員となる
1976年9月 毛沢東死去
1976年10月 四人組逮捕

 文化大革命によって1000万人以上が殺戮されたと言われる。現在も中国各地で年間9万件以上の暴動が起こっているが、すべて鎮圧されている。
 義和団の乱(1900-1901)の頃と違って、政府の暴力と民間の暴力の間に著しい懸隔がある。暴動が体制の転覆につながる恐れはない。
 義和団の乱は英語ではBoxer Rebellionという。Boxerとはブルース・リーのようなカンフーのことだ。義和拳というカンフーの組織が中心となった暴動が北京に押し寄せると、西太后は列強に宣戦布告せざるを得なくなった。日本など八ヶ国が派兵してようやく鎮圧した。

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 中国史上、各地で暴動が起きて、暴動の首領(=大盗賊)が一地方を支配した例は多い。大盗賊が皇帝の位に就くこともあった。元祖盗賊皇帝が前漢の初代皇帝となった劉邦(前202-195)であり、最後の盗賊皇帝が毛沢東である。(高島先生の本参照) しかし現代では、暴力で中国共産党に対抗できる勢力は皆無である。「暴動→中国崩壊」が近い将来に起こるはずがない。

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2009年10月10日 (土)

中国は崩壊するか(2)

 胡錦濤がチャウセスクと同じ目に遭うなどということはあり得ない。数百万人の強固な武力を独占しているのだ。人民解放軍はルーマニア軍とは違う。ルーマニアでは軍が市民の側についた。しかし中国人民解放軍は、建国以来60年一貫して人民抑圧軍である。
 1989年6月4日の天安門事件では市民に向かって発砲するのをためらわなかった。中嶋氏によれば、天安門事件について
「イギリスのBBCは死者七千人と報道していました」(p.108)

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 事件の経過は下記ブログに詳しい。
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/40730462.html
 
 1989年11月にベルリンの壁が崩壊したのは、天安門事件の教訓を学んだからだという。中嶋嶺雄氏の発言。
「東ドイツの上層部には、天安門事件の悲劇を繰り返してはいけないという思いがあったのでしょう。そのためホーネッカー国家評議会議長も最後には、自由化を求めてベルリンの壁を壊そうという人たちに譲ったのだと思います。
 近代化を経てきたヨーロッパ近代市民社会と、近代化を経ずに急速に改革・解放に走っていった中国との違いは、そこに出ていたと思います。中国は近代市民社会ではなかったので制圧した。しかし、ホーネッカーは譲歩したわけです。東欧で譲歩しなかったのは悲惨な最期を遂げたルーマニアのチャウセスクだけです。」
(p.107)

 ヨーロッパでは共産党の独裁にも限度があった。軍が市民を銃撃するという汚点を歴史に残すより政権がつぶれる方がよい――という判断があったのだ。例外はルーマニアだったが、ここでは軍がチャウセスクに背いて市民の側についた。
 中国では平気で市民を殺した。死者七千人くらいは何でもないのだ。東ドイツの指導者がホーネッカーでなく鄧小平だったならば、躊躇せずに戦車を出していただろう。(続く)

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2009年10月 9日 (金)

中国は崩壊するか(1)

 そう簡単に崩壊はしない――と中嶋嶺雄先生は言う。
 よく読んでみると、そうだろうと納得できる。
 そもそも「崩壊」とはどういう事態をいうか?
 典型的な崩壊はルーマニアで起きた。ウィキペディアの「チャウセスク」によれば

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[右がチャウセスク大統領]

 1989年12月、ハンガリー系国民、特にカルヴァン派キリスト教徒による反政府集会を武力で鎮圧。同12月21日、首都ブカレストの党広場で開かれた官製集会が一転、このことを糾弾する集会になると、国民の自由獲得への反政府デモや暴動が全国各地で起こった。チャウシェスクは国防大臣のワシーリ・ミリャに暴動の武力鎮圧を命じたが、ミリャはこれを拒否した。これに激怒したチャウシェスクはミリャを処刑した。このことが軍部に知れ渡ると軍の首脳はチャウシェスクに反旗を翻すことを決め、ルーマニア軍は革命を支援する側に立った。しかし、なおチェウシェスクに忠誠を誓う秘密警察セクリタテアは市民や国軍に対する激しい反撃を繰り返し、ルーマニア国内は混乱する。これに乗じ、チャウシェスクは逃走した。これらの様子はルーマニア国営テレビを通じ全国に放送された。翌12月22日、全土に戒厳令を敷き、チャウシェスクは妻エレナとともにヘリで飛行場へ逃走した後に、リビアへ亡命することを計画した。22日13時、イオン・イリエスク率いる救国戦線は国営テレビ、ラジオ局を掌握。同17時、救国戦線が政権を掌握した。
 12月23日にチャウシェスク夫妻は、トゥルゴヴィシュテにおいて一般市民の車を強奪しようとしたところを、国防次官を主導とする救国戦線により逮捕される。12月25日、救国戦線はチャウシェスク夫妻を、60,000人の大量虐殺と10億ドルの不正蓄財などの罪で起訴、形だけの軍事裁判で即刻銃殺刑の判決を下しその場で殺害した(裁判は夫妻を連行した学校の教室に机を並べて行われた)。

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[逮捕されたチャウセスク大統領夫妻]
  裁判の様子はこのサイトに詳しい。http://d.hatena.ne.jp/kick/20061225

 中国でルーマニアのような事態が起こるか? 起こるはずがない。

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2009年9月12日 (土)

民主主義

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 「改革なくして成長なし!」

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  「政権交代!」 民主主義って本当にすばらしいですね。

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「我らは国家の命運を手中にする。ヒトラーは大統領とならん」 1932年の選挙ポスター。民主的に33.1%を得て第一党になった。

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2009年9月11日 (金)

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実行したのは彼らだが、望んだのは我々だ。(ジャン・ボードリヤール)

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2009年8月26日 (水)

被告人は反省しているか(2)

「反省」を研究社和英大辞典で引いてみる。

はんせい【反省】(hansei)
〔内省〕 self-examination; reflection; introspection;
〔再考〕 reconsideration.
~する examine oneself; search one's heart [soul] 《on a matter》; introspect; reconsider.

「反省」という日本語に上のように英語を宛てている。そのあとに、「自己の行為を反省する」「なんで負けたかみんなよく反省してみろ」など、いくつかの和文の英訳例がついている。しかし、これでは「被告人は反省している(ことが窺われる)」の英訳はできない。
「反省」の用法を一つ忘れている。研究社は反省してもらいたい。

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 どういう英語を付け加えればよいかは、分かるのだけれども、念のために『ビジネス/技術 実用英語大辞典』を引いてみる。

はんせい【反省】
◆a hard-learned lesson  手痛い教訓[反省材料]; 《意訳》きつい戒め[お灸]
◆express deep remorse for [over, concerning] ...  ~に対し[~に関し]深い反省の意を表明する
◆with deep remorse  深い反省をもって
◆a debriefing in which they discussed what went right and wrong  何がうまく行って何がうまく行かなかったのかについて彼らが話し合った反省会
◆the letter had expressed profound remorse over Japanese treatment of British and other Allied POWs  この親書は英国人捕虜およびその他の連合国捕虜に対する日本の処遇について深い反省を表していた
◆Japanese Prime Minister Tomiichi Murayama expressed his profound remorse for Japan's actions in a certain period of the past.  日本の村山富市首相は, 過去のある時期における日本の行為について深い反省を表明した.

 この辞書は網羅的であることを目指していないから、和英大辞典に書いてあるようなことは省いてある。しかし海野文男氏と海野和子氏が「英語圏で作成された文書」から取った用例を集めてデータベースを作り、それに基づいて書いてあるから信頼できるのだ。
 単に頭の中で「反省という日本語は何という英語に当たるか?」と考えたのでは、確かに研究社和英大辞典のような訳語しか思いつかないだろう。remorseはふつう「良心の呵責、自責の念、後悔」などと訳するから。

ともかく、「反省」にremorseを使えばよいのだと分かると、自然に英文が頭に浮かんでくる。

The accused showed remorse.

 これと「被告人は反省していることが窺われる」を比べてみる。「窺われる」に対する訳がない? しかし、「自発」の意味の「窺われる」は前に述べたように英語には翻訳できないのだ。
 英文の意味は「被告人はremorseを(言葉や態度などによって)示した」ということだ。「反省しているかどうか」は被告人の内心の問題であって、裁判官といえども認定できない。「何かを示したか示さなかったか」は外に現れるはずで、これならば裁判官が認定することができる。直訳にならなかったのは仕方がない。
 というような面倒な問題など、考えたことがある人は少ないだろう。そういう素人に殺人事件などを裁かせるのが裁判員制度だ。大丈夫かな。

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2009年8月25日 (火)

被告人は反省しているか(1)

 刑事裁判の判決をいくつか英訳したことがある。窃盗、業務上過失傷害、詐欺、それに覚醒剤取締法違反などの事件である。外国の学者が日本の刑事裁判を研究する参考資料に使ったのだろう。
 ともかく一語一句正確厳密に訳するよう心がけたが、困ったのは「被告人が反省しているかどうか」の訳だ。量刑を左右する重大問題だけれど、英語でどう言えばよいか。

 判決に「被告人は反省している」とはさすがに書いてない。書けるはずがない。
 小説ならば、「彼は妻を殺したが、今ではそのことを反省している」と書いてもよろしい。三人称小説の作者は特権的な、神の如き立場にあって、登場人物の心理を自由に描くことが許される。下手に書いては説得力がないが、それは別の問題だ。
 しかし、裁判官がいくら偉くても、被告人が心の中でどう思っているか、反省しているかいないか、分かるはずがない。判決はたとえば
「二度と覚醒剤は使わず、真面目に家業に励むつもりだと述べるなど、被告人は反省していることが窺われるので……」
 というふうに書いてあった。窺うのならば構わんのか?
「窺われる」はどう英訳するか。

 研究社和英大辞典の「窺う」は
4番目の意味として
4 〔察知する〕 gather; tell; guess; 《文》 infer; surmise.
例文
・彼がこの提案を受諾する意志がないことはその言葉からうかがえる. It may be gathered from what he said that he has no intention of accepting this proposal.
・彼の話から学識の深いことがうかがわれた. His profound learning could be inferred from what he said.
・彼女のしゃべり方からは内心の不安がうかがえた. I could tell from the way she spoke that she was disturbed.

「窺われる」の「れる」は文法用語ではいわゆる「自発」の助動詞だ。ウィキペディアが上手に「自発」を定義している。

日本語の文法における自発とは、 動詞の表現様式で、行為・動作を人が積極的意志を持って行うのでなく、自然にあるいはひとりでに実現する現象・作用のようにいう表現である。

 しかし英語にはこういう「自発」はない。「被告人は反省している」ことがひとりでに(→裁判官の関与なしに)察知される――は、英語では言えず、判決にならない。どうしても訳すると、辞書の例文にならって

It may be gathered from----that the accused [反省している]
The [反省] of the accused can be inferred from---
I, the judge, can tell from---that the accused [反省している]

しかし、これはmayやcanの「可能」(裁判官が主語)で代用しているので、ずれているし、無理筋だ。裁判官が被告人の心理状態をgather/infer/tellすることは、可能か? 被告人が「何をしたか」はならば察知が可能で、判決で認定することになるだろうが。
 これは、「窺われる」はしばらく放っておいて「反省」の方を考えてみるしかない。(続く)

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